色褪せた夢の結末

 するとかなり強い抵抗に遭ったが、構わず痛いほど強く抱きしめてやり、何度も何度も後ろ髪を撫でたくって、ぎゅうぎゅうと腕でちっさな頭を締め付ける。
「好きだ、龍宝。お前が、俺は大好きだ。だから、帰る。お前んとこ帰る。撫子のとこにも帰るけど、お前んとこにも帰る。帰って、いっぱい抱く。愛してやる」
 そう言って、腕から顔を剥がし両手で涙に濡れたほっぺたを包み込む。ヤツの顔は歪んでいて、ひどく苦しそうだった。
「ばかな、ことをっ……! なんで分かってくれないんですか!!」
「分かってねえのはてめーだろうがっ!! こんの、分からず屋がっ!! いい加減にしやがれ!!」
 俺の怒声に、ヤツが怯んだのが分かった。そしてさらに涙が盛って、今度こそ零れ落ちてくる。
「……じゃあ、おれはどうすれば……? あなたにこれ以上、罪を犯して欲しくないから……だから、もう帰って。そうじゃないとまた、俺は甘えてしまう。あなたの優しさに、甘え切ってまた欲しがってしまうから、その前に居なくなって。俺の前から、消えてください」
 ぽろりっと、ヤツの眼から涙が零れ落ちてそれは俺の手に零れ、手の甲から手首を伝って流れていくのを感じながら、親指の腹で目尻をぎゅっと拭った。
「いやだね。お前の言いなりなんて冗談じゃねえ。ぜってーに帰らねえ。今日はお前抱いて、ここで眠る。お前と一緒に、朝を迎える。明日も、明後日もだ。暫く撫子の家には帰らねえつもりでいる。そんで、お前に分からせる。俺がどれだけお前を想ってるか、分からせてからじゃねえと帰らねえ。お前にはそのくらいの覚悟はねえのか」
 するとヤツはぽろぽろと涙を零しながらぎゅっと目を瞑ってしまい、その所為でさらに涙が零れ落ちてくる。
「ふ、ふっ、ふっく……なんで、そういうことを言うんですかっ……! は、はじめさんが俺は好きです。だから、あなたには幸せになって欲しい。俺じゃ、できないことを彼女にして欲しい。そう思って身を引こうと……それなのに、なのにどうして、そんな嬉しいことばっかり、言うんですかっ……! 死にたくなるくらい、嬉しいことばかりをどうしてっ……!」
「そんなモン決まってんだろうが。お前が好きだからだ。愛してるって何回も言ってるだろ。信じられねえのか、お前は俺が。俺が愛してるっつったら愛してる。それじゃだめか」
 すると両手の中でふるふると首を何度も横に振って泣き笑いの顔を見せた。
「だめじゃ、ないぃっ……おれも、あなたが好き。大好き。愛してるっ……! おれも、親分、鳴戸親分好きだけどあなたも、あなたのことも大好きで愛してる。だめ、でしょうか……やっぱり、いけないのかなあ。俺にはもう、分からないっ……分からないです。なにも、分からなくて、ただあなたが好きで、大好きでたまらなくて、何も分からない。だったらもう、何も分からないままであなたを愛していたい。間違って、いますか……? いえ、例え間違っていても構わない。この腕の中に閉じ込めていてくれるなら、もう何も要らない。欲しくない。あなたが、好き」
 眼に滲む涙に親指を当てて拭ってやり、濡れたその指で頬を優しく擦ってやる。
「だったら、眼を開けろ。眼ぇ開けて見てみろ。お前のことを好きな男が目の前にいるぞ。何処にも行かねえ。鳴戸みてえにお前を置いて何処にも行かねえ男がいる。怖くねえから目を開けろ」
 だがヤツは強情にもさらに目を硬く瞑ってしまう。
「……それは、嘘でしょう。なんでそんな嘘吐くんです!! あなたには彼女がいるでしょう!! 彼女のところへ俺を置いて行ってしまう人が、鳴戸親分のことは言えない!! 親分をっ……ばかにしないでください!! だから帰って、帰ってって言ってるんです!!」
「なんだと!? 俺は鳴戸とは違ぇよ! あいつはっ、あいつは……」
 言葉が続かなかった。
 そうだ、こいつの言う通りだ。俺はこいつを放って撫子のところへ帰ること前提で話をしてた。そうだな、俺は鳴戸と同じかもしれねえ。いや、それ以上に酷なことをしようとしてるのかもしれねえ。だが、どうしても離したくない。この手を、離したくねえっ……!
 だったらどうすればいい。なにが正解なんだ。こういう問題に正解、不正解なんて無いのかもしれねえが、だとしても腕の中にいるこいつを手放すって選択は、どう考えたって俺の中にはねえ。
「龍宝……あのな、俺は」
「いい、いいんです。……無理、しなくていい。あなたには大好きな彼女がいるでしょう? 俺はおやぶんには触れられないけれど、あなたは触れられる場所にいる。その位置にいる。それを捨ててはいけません。俺は……また、待ちます。親分を待ちながら、日々を過ごすつもりです。もう二度と、あなたに甘えたりしない。……たくさん、愛してくれてありがとうございます、斉藤さん。さあ、彼女のところへ帰ってあげてください。俺じゃなくて、最愛の人のところへ、行って……」
 ヤツはぽろぽろと涙を零しながらそっと、ほっぺたを包んでいた手を解いた。その手でヤツは顔を覆い、ひどくしゃっくり上げて泣き始めた。
 その姿を、唖然と眺める俺だ。
 なんて強くてそれでいて、脆いヤツなんだ。脆すぎる。こんなんでこの手を離して行けるはずないだろ。寧ろいたらそいつは鬼畜だ。人間じゃねえよ。
 確かに俺には撫子がいるが、龍宝、お前がいたっていいじゃねえか。べつに、二人纏めて愛してやるよ。同時に幸せにしてやるよ。
 それができるかどうかはべつにして、俺はそのつもりでいる。
 その決心も、今しっかり固まった。俺は龍宝も撫子も幸せにする。同じように愛してみせる。

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