透明な軌跡が故

 男として生まれて、良かったと思える瞬間がやっぱり、なんだかんだセックスだと思う。いろいろな場面でそう思うが特に、極上の人間を相手にできるとなると疼くのは仕方がねえ。それは性だからだ。
 目の前では、ヤツの均整の取れた身体が階段の段差を上がるたびに揺れて、腰の動きが艶めかしくて何だかやらしく見える。
 これから、触り倒せる。好きなだけ、好きなことをできる。肌という肌、身体という身体がヤツを、龍宝を求めてんのが分かる。身体の中心で息づく、俺自身は特にヤツの身体を貪欲に飲み込みたがっている。
 思わず生唾を飲み込んでしまう。
 すると、何故分かったのかそれとも偶然か、ヤツが急に振り向いてきて笑顔でくいっと繋いでいる手を引いた。
「この階です、俺の部屋。……それと、今なに考えてました?」
「そりゃおめー、これからのお愉しみをだな」
「俺も、おんなじ。今からどういう風に抱いてもらえるのかなって、胸がドキドキしてます。……期待で。もちろん、応えてくださるんでしょう?」
 それには答えず、廊下を歩くヤツの身体を片手で掴まえ、後ろから抱き寄せる。そして、耳元で囁くようにして言葉を吹き込む。
「……めちゃめちゃにしてやる」
 すると、耳があっという間に真っ赤になり、こくんっと小さく頷くヤツはかわいかった。そのままピアスに気をつけて耳に何度もキスするところころと笑った。
「やっ、くすぐったいですってば。もうっ、斉藤さんはすぐこういうことばかりするんですから……」
「でも、好きなんだろ?」
 そうやって問うと、身体に回した手にヤツの手が重なり、その手の熱さに驚いていると微かに笑った。
「好き、大好きです。……なんです、言わせたいんですか? ズルい人ですね」
「俺はズルいぜー? でも、俺もお前が好きだ。大好きだぜ、龍宝。早く部屋行って、抱きてえ」
 またしてもこくんと頷いたヤツはそろっと俺の腕の中から抜け出し、手を繋ぎ直して歩き始める。
 そしてあるドアの前で足を止め、繋いでいた手を解き、ポケットを探って鍵を取り出し、扉を開け放ったところで先ほどと同じく中に入るよう促してくる。
「どうぞ。また逆戻りですけど……」
 だが、俺は横にズレているヤツの身体を掴まえて部屋の中へと引き摺り込み、扉がバタンという閉まる音と同時くらいにヤツの身体を正面から掻き抱く。
「あっ……さ、斉藤さんっ……」
「こっ酷くなんて、振れるわけねえよな。こんなにも、好きなのに……んなこと、できねえよ」
 腕の中のヤツが、心底に愛おしい。ごつそうに見えて実はしなやかな身体も、においも温度も、ヤツのすべてが恋しくて愛おしい。
 懐に収まったヤツの身体をぎゅうぎゅうと力を籠めて抱くと、ヤツからも腕が回り背に手を回してしがみついてくる。
「俺も……ひどく振ってとは言いましたが、実際そうされると……悲しいものなのだと分かりました。傷つくの覚悟で言ったつもりでしたが、だめですね。あなたにひどいことをされた時、胸が張り裂けそうになりました。ああ、これで終わったんだと、そう思いましたがそうでなくて本当に、よかった……」
「龍宝……」
「こうして抱きしめてもらうと、斉藤さんのにおいがするんです。いいにおい……鳴戸親分みたいに日向のにおいはしないけど、ちょっとたばこのにおいと後は、なんかいいにおい。心地いいにおいがします。すべてを包み込んでくれるような、そんなあったかなにおい」
 ああ、愛おしい。こいつを象るすべてが愛おしい。無くしてしまわなくて、よかった……。
 さらに強く身体を抱くと、苦しかったのかヤツが「けふっ」と噎せたが関係ねえ。この身体は、俺のモンだからな。ま、俺のだからって好き勝手していいわけじゃねえけど、今日くらいは許して欲しい。
 今日は俺らの、記念日みたいなもんだからな。
 しみじみ幸せに浸り切っていたが、何だか唇が淋しく感じたのでそっと腕の中から解放してやり、あごを掬い上げると揺れる黒目と出会った。
「さいとう、さん……」
 じっとその黒目を見ていると、不思議な感情が湧き上がってきた。欲情でもあるし、攻撃的でもあるが、それじゃないそうじゃない何か。
 もっと温かくて、優しいものだ。そうか、これはこいつの本質のようなものか。何故かそう感じた。すべてを包み込んでくれるような優しさのような、そんなものがこの黒目の中には宿ってる。
 思わず眼にキスしてしまいたくなって顔を近づけると、すっと黒目が瞼の下に隠れ、そのままキスすると長い睫毛が唇に触れて、カサカサする。
 もう片方も同じことをして顔を離すと、ヤツの瞼が上がり、今度は欲情を宿した黒目と目が合い、弧を描くその眼はすごく、キレーだった。
「こんな風に触れられるの、初めて……不思議」
「もっといろんなとこ、触ってもいいか。つか、触る。触らせろ」
 手を腰に持っていって背広を捲ってシャツの上から触ると、ヤツが身を捩り始めた。そうすると、筋肉が動くのが分かる。
「あ、あっ……ま、待って、待ってください、風呂っ……風呂、入らないと」
「そんなモンはどうでもいいだろうが」
「あなたはいつもそれです。くさかったりしたら……いやでしょう? 不快な思い、させたくない」
 相変わらず健気だ。すげえ健気で、そういうところも含め、かわいい。

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