あふれた祈りの末

 興奮したのか、身体が少し熱くなって息が乱れている。その乱れ方にも、不謹慎ながら感じてしまう。
 しかし、言うことは言わねば。ちゃんと、伝えなきゃならねえ、こいつにだけは俺の気持ちを。
「撫子のことは……」
「いいんです、言わないでください。俺、ちゃんと分かってます。あなたが部屋から出て行って……漸く分かりました。俺はやっぱり、好きになってはいけない人を好きになったって、分かったんです。だから、俺は大丈夫、だい、じょう、ぶっ……」
 後の言葉はヤツの震える泣き声に変わり、頬に水滴が何粒も落ちてくる。ひどくしゃっくり上げながら、ヤツは腕の中で泣きじゃくっている。
 その途端だった。
「は、離してっ!! これ以上傷つきたくない!! もうたくさんだ!!」
 との言葉と共に強引に俺の腕の中から抜け出たその瞬間、ヤツの身体が大きく傾ぎその身体は階段から落下しようとしている。
「あっ……!?」
「龍宝!!」
 それを庇うつもりでヤツの頭を抱え込み、あちこち身体のそこかしこを打ちまくりながら、踊り場までヤツと共に転がり落ちた。
 そう気づいたのはすぐではなく、少し意識が飛んでいたらしい。ふと気づくと、ヤツが涙に濡れた顔で俺の顔を覗き込んでいる。ぽたぽたと涙が何滴も顔に落ちてきて、その生温さを遠くで感じていた。
「なんでっ……どうしてあなたはそうなんですか!! 危ないでしょう!?」
「無事か……? お前は、無事か。痛ぇところはねえか」
「俺は大丈夫ですが、あなたは!? 頬をひどく擦り剥いてます。俺なんて、放っておけば良かったんです!! そしたら、もしかしたら俺が死んであなたは自由になれたかもしれないのに……」
 ぽろぽろと、ヤツの眼から涙が引っ切り無しに零れ、それは俺の着ているスーツの上に落ちていく。
「龍宝……ごめんな。俺が、全部悪かった。お前をそんな風に泣かせるつもりなんて無かった。けど、結果的にそんな泣かせて……済まんかった。だから、もう一回言わせてくれ。俺は、お前を愛してる。好きだ。……大好きだ」
 その俺の言葉に、ヤツは顔を歪めさらに大量の涙を零して胸に縋りついてきた。
「謝り方まで……鳴戸親分と一緒……けれど、あなたはおやぶんとは違う。決まった人がいる。それを承知で、問いますね。俺のこと、好きですか……? こんな俺を、あなたは好きだと言えるんですか。彼女を裏切ってまで一緒に居て欲しいというわがままを言う俺を、好きだと言えますか」
「んなこと言ったら同罪だろうが。俺は、お前が好きだ。少なくとも、お前の涙を俺の手で止めて、抱きしめたいと思うくらいには、抱きたいと思うほどには好きだ。俺には撫子がいるが龍宝、お前のことも好きなんだ」
 そう言って重い腕を持ち上げてヤツの頬を手で包むと、ヤツは泣き笑いの表情を見せ、これ以上なく幸せに笑いながら涙を零した。
「おれ、俺も……あなたが好き。俺も、鳴戸親分が好きだけれど斉藤さん、あなたのことも大好きなんです。とても、好きで、愛おしくて……胸が苦しい。愛し過ぎて、つらくて苦しい。こう感じるのも、あなただけです。親分に似ていて、そして似ていないあなたが、俺は好き」
 親指で溢れ出る涙を拭ってやると、これまたくすぐったそうに笑い、その顔がすげえかわいくて、つい言ってしまった。
「キス、してもいいか。お前にキスがしたい。いろんなキス」
「……はいっ。俺も、あなたとキスがしたい。愛のある、たくさんのキスをください」
 龍宝の手によって倒れていた身体が起こされ、俺たちは踊り場できつく抱きしめ合った。ヤツの身体は少し冷えていて、やはり春の陽気の所為かいつもの温みが無い。
 だったら、俺が温めてやろう。
 さらに強く抱きしめてやると、ヤツもそれに応えるように抱きついてきて、ほうっと大きく溜息を吐いた。
「あったかい……この腕の中は、ひどく安心するんです。俺より大きな身体に抱き寄せられるだけで、幸せになれるんです。だから、俺はこっそり……魔法の懐って呼んでいて……また、ここに戻って来れて嬉しい。すごく、嬉しっ……」
「また泣く。お前はすぐに泣くんだな。どうせ、さっきまで泣いてたんだろうが。この、泣き虫め。そういうヤツはな、こうしてやる」
「こういう……?」
 少し身体を離し、両手でヤツの濡れた頬を包み込んでやるとそれは幸せそうに笑い、目を細めたその拍子にまた、ぽろりと涙が零れる。
 泣き過ぎだ、龍宝。白目が真っ赤じゃねえか。泣かせたのは俺だけどよ。
 だから……これで、泣き止め。
 できうる限り、優しくつやつやの形のいい唇にキスをすると、唇にふわっと柔らかで温かな感触が拡がる。そして同時に、甘い味もしてつい、啄むようにちゅっちゅと何度も角度を変えてキスしてしまうと、ヤツが少しだけ声を出して笑った。
「ふふっ……くすぐったい。……でも、すごく気持ちがイイ……」
「俺も、気持ちイイ。……甘い味がするな、やっぱり。この味だ。俺にはこの味が合ってる。……すげえ、好きな味」
 親指で優しく頬を撫で擦りながら、もう一度触れるだけのキスを何度もすると、ヤツも乗ってきてキスしてきたので、とうとうキスの応酬になってつい息が上がってしまう。
 そのうちに触れるだけじゃ飽き足らなくなり、舌で小さく唇を舐めるとすぐに口が開く。まるで誘われてるみてえだな。いや、誘ってんのか。んじゃ、乗らなきゃな。これで乗らなきゃ男じゃねえよ。

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