鮮やかな喪失にみる

 そこが、限界だった。
 慌ててヤツを突き飛ばし、尻もちをついたところでチンポの先をヤツの顔へ向け、二度くらい扱いた後、わざと顔にザーメンを飛ばしてやる。
「あっ……うあっ!! やっ……!!」
 何度にも分けてのそれは、すべてヤツの顔へと飛び、白濁液塗れになった顔で呆然と俺を見上げてくる。
「何を勘違いしてるのか知らねえけどな、俺はお前をそういう風にしか見てねえよ。ただのザーメン便器だ、お前の扱いなんてそんなもんだよ。ただ気持ちイイから相手してただけで、それ以上でもそれ以下でもねえ。便器がゴチャゴチャぬかすな」
「え……うそ、ですよね……? そんな、俺が便器なんて、そんなの、嘘……」
「悪いが、嘘じゃねえ。広島でもそうだ。お前がいいにおいしていいカラダしてっから相手にしてただけで、俺は元々撫子が好きだし。お前には鳴戸がいんだろうが。お互い、勘違いは止めようぜ」
 そう言った途端、思いっ切り下腹を殴られ思わず息が詰まった。
 痛すぎる。
「このっ……鬼畜生!! さっさとこの部屋から出て行け!! 俺だって、あんたなんか好きじゃない!! 好き、なんかじゃ、ないっ……違う。ちがうっ……」
 とてもじゃないが、見ていられなかった。
 ヤツの俺に向ける気持ちは本物だ。それが分かるから、見ていられないのだ。ささっと身なりを整え、前もきちんとしまってベルトも締めて玄関へと向かう。
「じゃあな、あばよ。気持ちよかったぜ」
「……死ね!!」
 ヤツの罵声を背に、革靴を履いて玄関を出たところで急に足に力が入らなくなり、ずるずるとその場へと座り込んでしまう。
「……龍宝っ……!!」
 涙が次から次へと零れてくる。
 なあ、俺たちの出会いがこんなんじゃなきゃ、もっと幸せになれる未来があったのかな。何故、そういう選択肢が俺たちには用意されてなかったんだろうか。
 ヤツの熱が恋しかった。においも、肌の感触もあの柔らかな唇の感触も、すべて自分の手で無くしてしまった。潰してしまった。
 俺たちは、出会うのが遅すぎた。遅すぎたんだ、龍宝。
 もっと早くに出会っていれば、俺たちが付き合うっていう未来もあったかもしれねえのに。選択できたのに。神様は酷だぜ。
 いや、神様なんていねえか。いたとしたらこんなに俺たちお互い、傷ついてねえよな。これが、罰か。互いの立場も考えず、ひたすら快感を貪った罰だとしたら、随分きっつい罰だ。
 なあ、龍宝。俺たち、またいつもの関係に戻れるよな。お前は鳴戸組の組長で、俺は新鮮組の客分の斉藤。
 そういうことで、いいんだよな。いや、そうでなくちゃならねえ。
 ふと空を見上げると、少し欠けた白い月が見えた。
 虚しい。すべてが虚しく思える。今頃、ヤツは泣いてんだろうな。大泣きして、眼が落っちまうかもしれねえくらい、泣いてんだろう。
 でも、それを止める権利を持ってんのは鳴戸だけだ。鳴戸だけしか、許されないこと。彼女持ちの俺ではそれすらも許されねえんだ。
 ゴメンな、龍宝。すまねえ。……これが、お前を愛したことの罰なら、甘んじて受けよう。だから、お前もいつか泣き止んで、鳴戸が帰ってくるのを待つんだ。俺なんかに現抜かしてねえで、鳴戸だけ見てろ。
 俺は行く。じゃあな。
 サングラスを外して涙を拭き、ふらふらと身体を揺らしながらマンションの階段を降り始める。
 そこで龍宝の住まう階が七階だということを知り、けれど知ったからとてまた来るわけでもなく、余分なことを覚えちまったと思いながらマンションから離れ、歩き出す。
 春の夜は冷える。
 冷たい風が身体に叩きつけてくるようだ。
 何か飲みたい。できれば、酒がいい。そう思いながらひたすらに足を動かしていると、ふとした明かりが目についた。
 そこには『やきとり』と書いた暖簾が垂れ下がっていて屋台だと知ると、慌てて飛び込むようにして店に入り早速「オヤジ、熱燗で」そう言って席へと腰掛ける。
 客は俺だけしかいなくて、オヤジは冷めた顔で熱燗をずいっと出してくる。無言でそれを受け取り、ぐいっと煽ると一瞬頭がクラッとする。
「ふー……冷えるな」
「そうですねえ。今日は特にじゃないですか? 春って言っても、未だ冬ですよこっちは」
 返事はせず、熱燗をのどに流し込む。やけにのどが渇いている。熱燗はすぐに飲み終わってしまい、追加を頼んで煽るとふっと頭に思い浮かんだのはヤツの泣き顔だった。
 それと同時に、笑顔も湧き上がってきて知らず涙を浮かせてしまい、テーブルに突っ伏す形で泣き崩れると、オヤジが気を利かせてかさらにもう一杯の熱燗を用意してくれた。
「……すまねえな、オヤジ。なんかなあ、俺はもう、だめかもしれねえ。俺は、本気で好きだったのにな。傷つけて、泣かせちまって……泣き虫なあいつのことだから、未だ泣いてるかもしれねえのに、俺はそこへは行けねえんだ」
「なに、おにーさんはあれかね、恋愛で悩んでるの? まあ、色男だからねえ。ま、色恋沙汰は酒で流せってね。好きな子、泣かせちまったのかい」
「ああ、心底から愛してるヤツをな、泣かせちまったんだ。それも、言葉にできねえ方法で傷つけて……情けねえよ、俺じゃヤツを幸せにできない。それが、どうしようもなくな、悔しいんだっ……!!」
「はあ、悩み多き男ですなあ。その子も、おにーさんのこと好きなんでしょう? 女なんつーモンは簡単なもんで、謝ったらいいんですよ。未練が無いならそのまま去ればいいでしょう。おにーさんほどの色男だ。女なんて選びたい放題……」
 その言葉に、一気に頭の中が熱くなり、思わず持っていた熱燗のグラスをテーブルに叩きつけていた。

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