祈りの重さと罪の甘さ

 龍宝の両眼は涙を含んで揺れていて、泣いたからかほっぺたが赤い。唇は震えていて、小さく細く息を吸ったり吐いたりしている。
「さい、と、さん……」
 上目遣いで見つめられ、そっと閉じられる瞼。相変わらず、睫毛が長ぇし、キレーに生え揃ってる。肌も、やっぱり気持ちがイイ。ずっと触れていたいと、毎回思ってしまうくらいには、魅力的だ。
 そんな生き物が、俺の唇を待っている。無防備な姿で、欲しがっている。その様に興奮し、下半身が大変なことになっているのが分かりつつも、俺も薄目を開けてヤツに迫る。
 ふわっと、唇に真綿の感触が拡がる。それを合図に俺も目を瞑り、何度も角度を変えて触れるだけの口づけを施す。たったそれだけでも、ヤツの持つ甘味が感じられて夢見心地な気分になる。
「ん……ん、んンッ、んっ……んは、あっ……」
 小さく、ヤツが声を出した。感じてんのか? 何しろ感度がかなり良好なヤツだからな。感じてるのかも。それに気を良くし、舌を使ってヤツの唇を舐めるとさらに強い甘味が感じられ、薄っすらと開いた口のナカへ、本能的に舌を入れてしまいナカを大きく舐めてしまった。
 甘い。とてつもなく甘い。そして、ヤツの口のナカはヨダレがいっぱい貯えられていて、ぢゅっと音を立てて吸うと、大量にヤツが分泌したヨダレが口のナカに流れ込んできて、それを味わいながらのどに通す。
「ん、んっ、んんっ、んはっはっ、は、あっんっんっ、んはあっ……! はっ……」
 そのまま掻き混ぜるようにして口のナカを舐めたくってやると、おずおずと舌が絡みついてきてそれごと、絡め取って舐めてやる。
 ぶるっと震えるヤツの身体。こりゃ、相当感じてんな。ほっぺたがかなり熱くなってきてる。
 だが、ここで終わる俺でもなく今度は舌を柔らかく噛んでみる。歯に肉が当たり、ふわりとしたソレが気持ちよくて何度も噛むと、幸せが口いっぱいに拡がる。
 ずっと触れたくても触れられなかった。もう二度と、この唇にキスすることはできないと思っていたのに。
 ひしっと背中にヤツの腕が回り、夢中になっているのか意味もなく背広を爪で引っ掻いてくる。それでもって、荒い呼吸。俺も相当息が上がっていて、まるでけだものみたいに身体を絡ませ合いながら、激しいキスを繰り返す。
 すると拍子に唇が離れ、じっとヤツを見るとヤツの眼にはしっかりと欲情が浮かんでおり、思わず生唾を飲み込んでしまうほどに妖艶なツラをしてこちらを見ている。
「は、はあっ……さいとう、さん……俺、どうしたらいいのでしょうか。俺は、親分が好き。けれど、あなたは愛おしい。何者にも代えがたいほど、愛おしいと感じるんです。あなたには彼女がいる。心底に愛し合っているのは見ていて分かります。その仲を裂くつもりはないのに……どうしても、広島でのあなたが、忘れられずにいて……つらい、ひどく、つらい」
 じわっと眼に涙が浮かび上がり、頬を伝ってあごに雫を作りぽたぽたと床に水滴が落ちる。
「好き過ぎて……愛おし過ぎて、つらい」
 真っ赤な頬っぺたに涙が伝って、その様が妙に幼くそして色っぽくて見ているとたまらなくなり、腕を無理やり強く引いてガシッと身体を抱くとすぐにでも背中にヤツの腕が回り、俺たちは隙間なくぴったりと抱き合った。
「忘れられない熱があるって……初めて、知りました。あの広島でのあなたの熱は、心地よかった……ひどく、心地が良すぎて……その熱が、俺をばかにする。ただの、恋する大馬鹿にしてしまう」
 俺はなにも言えなかった。
 思っていることが同じすぎて、何を言ったらいいか分からないのだ。俺もだと言えば、こいつはきっと喜ぶだろうが、その先はどうする。例え両想いになったって、待っているのはただの裏切りだ。そこまでのリスクを、こいつには背負わせたくない。
 だが、どうしてだろうな。死ぬほど嬉しいんだ。龍宝、お前の気持ちが嬉しくて仕方ねえ。
「斉藤さんっ……! 振って、俺を、振ってください。できれば、ひどくがいいです。でないと、俺はいつまでもあなたを想い続けてしまう。ずっと、好きでいてしまえば鳴戸親分にも申し訳が立たない。そして、あなたの彼女にも……だから、こっ酷く振ってください。もう二度と、気持ちが傾かないように……」
 そんなことを、言わないでくれ。どうか言わないで欲しい。俺がどうやってお前を振ることができるってんだ。こんなにも、愛おしく想ってるのになんで、そんなこと言うんだ。
 きつく身体を抱いていた腕を、ゆっくりと降ろしそして今度は飛び切り柔らかく硬く締まった身体を抱いた。
「さ、い、とう、さん……?」
「お前は、俺の気持ちも知らないでなんでそんなこと押し付けてくんだよ。俺だって、おれだってなあっ!! ……俺だって、お前を、お前のことをっ……!!」
 言葉は続かなかった。
 ただただ、腕の中にいる龍宝が愛しくて愛しくてたまらない。
 初めて味わう気持ちだ。けれど、それを抱いていい相手かどうかくらいは分かる。俺たちは、禁忌を犯そうとしている。
 やっぱり、身を引くのは大人の俺の方だよな。
 そうは思えど、この腕の中から出したくない。いつまでもこうして、ヤツを抱えてすごしていたい。できることなら、本当にできることならば朝まで一緒に過ごして、甘い時間を共有したい。

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