彼は私の世界を溶解させる

 注意深く聞こうとすると、車が大きくぐるっと道を回り、白線に沿ってぴたりと車が停められてしまい、ラジオと共にエンジンが切れる。
「着きました。ここですよ、むさ苦しいところですけど」
 それに返事はせず、車から降りて先を歩く龍宝の後を追う。
「ここね、エレベーターが無いんですよ。結構上の方の階まで行くんで、大丈夫ですか」
「そんなことでお前に心配されるとは、俺も落ちたねえ。平気だ、体力はあまり余ってっから」
 すると、龍宝が微笑んで階段を上り始める。その後に続くと、目の前には規則的に動くヤツの身体がある。しなやかで、足が長く肩幅も広い。
 あの身体を抱いたら、きっと幸せだろう。撫子とは全然違う、男の身体なのにな。なんでこんなことを想っちまうんだろう。
 何階まで上がったのだろう、景色がよくなってきてそのうちにある階で脇道に逸れてヤツがそのまま歩いて行くその後を追うと、ある部屋の前で止まりポケットから鍵を取り出している。
 扉が開け放たれ、てっきりヤツが先に入るもんだと思っていたが、龍宝は扉と共に避けて促してくる。
「斉藤さん、どうぞ」
「おお、んじゃ……お邪魔するわ」
 部屋の中は真っ暗で、とにかく靴だけは脱ごうと革靴を足から引っこ抜き、部屋へと上がるとその後を龍宝が追ってきて、電気をつけて革靴を脱いだ。
「へえー……小綺麗な部屋じゃねえか。これ、ホントに男の部屋か? つか、本棚すごっ! なあ、りゅう……」
 振り向こうとしたところだった。いきなり身体にヤツの両腕が巻き付き、ぎゅぎゅっと力を籠めて抱かれてしまい、言葉が宙ぶらりんにぶら下がる。
「お、おい、龍宝」
 何とか後ろを向こうとするが、それはヤツの大声で制されてしまう。
「振り向かないで!! こっちを見ないで……聞いてください。どうか、聞いて……」
 ヤツの手は震えていて、くっ付いている身体も小刻みに震えている。また、泣いてんのかな。
 そのままの姿勢でいると、漸く震える声で話し始めた。
「……さみしいって、思ってしまうんですよね。すごく、淋しい……。あなたにこんなこと言っても仕方ないって分かってはいるんですが、どうしても伝えたくて、だから、今日誘ったんです。少しでもいいから、俺の気持ちを知って欲しくて声を掛けました」
「お前の、気持ち……?」
 さらにきつく抱きつかれ、後ろでずずっと鼻を啜ったのが分かった。
「広島から帰ってから、俺の心にはぽっかりと穴が空いてしまって、その埋め方がどうしても分からなかった。いくら鳴戸親分を想ってみても、あの人のことばかり考えようとしても……俺の心はいつからか、べつのところにあることに気づきました。……鳴戸親分のことは今でも好きですし、愛してます。けれど……」
 聞くな。これ以上聞いてはならねえ。そうは思うが、その先がどうしても気になる。ヤツは一体、なにが言いてえってんだ。
 心臓が妙な感じで早く浅く打ち始める。
「親分がいないのはそれは、淋しいことです。早く帰ってきて欲しいと、あなたを知る前は毎日思って暮らしてました。いつかこの腕の中に帰って来てくれると、そう信じながら待ち続けるつもりでしたが……斉藤さん、あなたが広島でおやぶんになってくれると言ってくれて、嬉しかった……。淋しいと思う気持ちが、和らいだのが分かりました。広島での日々は、そういう毎日でした。楽しかった。すごく、楽しかったんですよ、俺。朝が来るのが楽しみで、そして夜になるのも楽しみだった。その思い出が、俺の心の邪魔をする。鳴戸親分を想っていたいのに、俺の心はいつでも広島の夜にあって……あなたが、俺を抱くたびに心にも楔を打たれているようで、気持ちよくてでも痛くてそして、幸せでした。とてつもなく、幸せな時間だった……」
「龍宝……」
 さらに身体を抱いてくる腕の締め付けが強くなり、ヤツの震える声がだんだんとデカくなる。
「斉藤さん、斉藤さんっ……!! おれ、淋しいっ。どうしようもなく、淋しいんです……!! 広島での夜が、恋しい。あなたの腕の中が恋しい。確かに俺は鳴戸親分が好きですが、けれど……もう、気持ちに嘘は吐けない。あなたが、俺は恋しいっ……!!」
 そのまま泣きじゃくり始め、しゃっくり上げながら俺にしがみついているヤツを、心底から愛おしいと思った。
 こんなに想われていたとは、思わなかった。
 俺はヤツの両手の中から無理やり抜け出し、身体を反転させて乱暴にヤツの身体を掻き抱く。
「さいっ、と……さ、ん……?」
 ひくっとヤツののどが鳴り、驚いたのが分かった。そのまま力の加減もせず、ぐいぐいと身を寄せて腕に抱き、首元に顔を埋めてすんすんとにおいを嗅ぐ。
 甘くて、いいにおいだ。途端、下半身に力が漲っていくのが感じられる。
「龍宝っ……!! りゅう、龍宝っ……!!」
「さい、さい、さ、斉藤さんっ……!! あなたが、愛しい。もう、我慢ができない。このままでなんて、いられない。広島に帰りたいっ、帰りたいっ!! あなたが俺のモノだった頃に、帰りたいっ……」
 必死で抱き寄せ、ヤツの背中を両手で掻き毟り身体に隙間が空かないようにしてぴったりとくっ付き、久しぶりに感じるヤツの身体を堪能する。
 少し、冷たい身体。外が寒かったからなのか何なのか、温めてやりたい。そういった気持ちが芽生え、そっと身体を離し俯き加減のヤツのほっぺたを両手で包み込む。

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