醒めない闇の音

 思わず怒鳴り散らしそうになる気持ちを抑え、水をのどに流し込む。水はピッチャーでテーブルの上に置いてあったので、乱暴にピッチャーを持って空になったグラスに水を注ぎ、ついでにヤツのグラスにも水を注いでやる。
「あ、ありがとうございます。さすが、気が利きますね。モテるはずです。優しい……」
 両手でグラスを持ち、笑顔で水を飲む龍宝。またのどが大きく動く。喰らい付きてえ……!
 そのうちにワインがまず運ばれてきて、何となく乾杯してワイングラスを揺らしてからのどに流し込むといつもの味が舌に乗る。
 ヤツも同じようにワイングラスを傾けていて、その眼が軽く見開かれる。
「ん、美味しい……! 美味いワインですね。味がすごくしっかりしてて、ザ・赤ワインて感じがして好きです、これ」
「そっか。好きか、ならよかった。俺の好みがお前に通ずるとも限らねえからな。美味いなら結構なことだ」
「……あの、少し怒ってます?」
「いいや、なんでだ」
 すると、ヤツは少し表情を曇らせてしまい、俯き加減でぼそぼそと言葉を口にする。
「なんだか、突き放されている感じがして……いえ、気の所為ならいいんですけど、少し、悲しくなりました。気にしないでください」
 なんか、カチンと来るな。だったら、俺の思ってること言ってやろうか。
「いや、色っぽいなと思ってな。そののど、噛んだらワインが出てくるのかなとか、そんなことをな、思っただけだ」
 すると途端にヤツの顔が真っ赤に染まり、ワインを持つ手まで震える始末。ほら、聞かなかった方が良かっただろうが。
「あ、あ、あの……偶然ですよね、俺も……同じことを思ってました。斉藤さんののどに噛みついたら、なんて言うのかな、そう思って見てました。……ごめんなさい、あの、忘れてください。いま言ったことは、忘れて、いいです」
「いいのか、本当に忘れても、お前はそれでいいのか」
「え……それは、どういう、どういう、意味」
 途端に、料理が次々と会話を邪魔するように運ばれてきて、テーブルの上が皿でいっぱいになる。
「ま、とにかくいいから食おうぜ。話は……もう終わりだ」
「……はい。食いましょうか。話、はなし……話は、後からでいいです。言ったでしょう、俺にも話したいことがあると。斉藤さんに、どうしても伝えておきたいことがあるんです。だから、今日誘いました。ここでは、言えないことです。さ、食いましょう、冷めちまいます」
 なんだ、ここでは言えないことって。なにが言いてえんだ。気になるが、まずはめしだ。たらふく食えば、元気にもなる。
 ヤツの揺さぶりにも近い言葉にも何とか、対応できるはず。あくまではずなんだがな。
 めしは美人なヤツが目の前にいるからか、いつもよりも美味く感じる。それにだ、広島でも思ったことだが、ヤツは食い方がなにしろ上品だ。腹が減ってるはずなのにそれを感じさせない優雅さ、とでもいうのかとにかく品がある。
 そういうところも、好ましい一面だ。
 ヤツの場合はなにをしててもそうなので、めしを食っていなくてもフツーにしててもなんか、すげえキレーなんだ。やっぱこういうのを持って生まれた品ってもんだと思うんだが、それにしては色気がある。見ていて飽きが来ない。ずっと見ていたくなる。食事にしろ、なんにしろ。ベッドの中では特にな。かわいいんだ、ヤツは。
 お、珍しい。口の端にリゾットの米粒がついてる。
「おい、口に米粒がついてる」
「えっ……い、いやですね。恥ずかしいです」
 慌てて口元を擦るが、コメは逃げてゆくばかり。仕方なく、腕を伸ばして米粒を抓んで口に放り込むと、ヤツは一瞬ポカンとした顔を見せたがすぐにその顔は赤くなって俺が触ったところを押さえて、ますます顔を赤くしやがった。クッソ、かわいい!! なんだその反応!! 襲わせてえのかてめーは!!
「あ、ありがとう、ございます……粗相して、すみません……」
 小さな声でそれだけ言って、もっと顔が赤くなる。ほっぺたが熟れたりんごみてえに真っ赤っかで、つやつやしてて美味そうだ。これだけでも茶碗十杯はいけるほどに今のこいつはかわいい。
 なんか、ヤツの口元についていたというだけで一粒のコメでも美味く感じる。甘いような、ヤツみてえな味。
 ふと気づくと、ヤツは口をポカンと開けてこちらを見ている。
「なんだ、なに見てんだ」
「あ、ああいえ……その、美味しそうに食べるなあと。捨ててくれればよかったのに」
「今日の料理の中で一番美味かったぜ。コメ一粒だけどな」
 一拍置いた後、ぼんっとヤツの顔に熱が上がって元々赤かった顔がもっと赤くなる。こういう反応も、ホント初心でいいよな。鳴戸のヤツもきっと、こういうところが好きだったんだろうな。男女関係なく、こいつの魅力は果てしねえよ。
「い、いやですね。からかわないでください。ほら、パスタの残り食べますか? ピザもあと少し残ってますよ」
「おめーが食いてえモンを食いな。俺は残りを攫う。ここに連れてきたのは俺だし、イタメシ食いてえつったのはお前だしな。好きなモンを、好きなだけ食え」
 そう言って、リゾットの皿をずいっとヤツの前に押しやると、最初は驚いた風だったが徐々に表情が緩み、笑顔に変わった。

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