静まらぬ微熱

 その後、ヤツの涙が止まったのを合図に身体を離し店の中へと入り、店員が案内するがまま、窓際の席へと座ると、真正面にキレーな顔を見つけた。
 色、白い。あ、でもさっき泣いたからか少しだけほっぺたが赤いな。色っぺえなー……。眼は切れ長の二重で、そこもやはり少しだけ赤くなっている。泣きすぎたな、こりゃ。
 泣かせたのは、俺か。
 しかし、美人だぜ。あの顔が快感で歪むとホント、キレーなんだ。色気の塊だな。散々泣いたからか、少しフェロモンが出てる。だって、においが違う。さっき抱き寄せた時にもう気づいてた。
 甘いにおいが強い、と。
 このこいつのにおいも、やたらとクセになることを俺はもう知っている。ヤツの身体の隅々まで、知っていてもなお、未だ惹かれる自分がいることに驚く。
 いや、知っているからこそ惹かれるのか。自分のモンにしちまいたいって、思っちまうんだろうな。
「斉藤さん? 斉藤さんはなに食べます? 俺は、まずはマルゲリータピザと」
「なんでもいい。好きなの頼め。そんで二人で突こうぜ。その方が楽しいだろ。俺もお前も」
 途端、ほっぺたが赤く染まって微笑が浮かぶ。ああ、かわいいなあ。クソッタレかわいすぎるだろうが。
 この表情だって、撫子もよくする。俺に向かって笑いかけてくれるが、どうしてなんだろうな。俺の彼女の撫子の笑顔が、こいつの前じゃ掻き消えちまうんだから。俺も相当な、悪い人間だと思う。
 龍宝がかわいい。かわいいが故に、めちゃめちゃにしたい。もうくっちゃくっちゃにして、ザーメン塗れにしてやりたい。
 こんなことをこいつの前で言ったら、どんな顔するんだろうな。
 そんなことを考えながら、運ばれてきたレモンの輪切り入りの水をぐいっと煽る。
 もう一度ヤツをちらりと見ると、それは嬉しそうにメニューを眺めていてその表情があまりにも無邪気でかわいく、心臓が変な音を立てて鳴る。
「決まったか、早くしやがれ。腹が減ってしょうがねえ」
 そんな言葉で誤魔化すと、龍宝は慌ててページを捲り決めたものを確かめている様子。
「じゃ、じゃあマルゲリータピザとボロネーゼ、それにー……アクアパッツァ、それとー……あとはプロシュットですかね。あとリゾットも食べたいです」
「んじゃ、俺もそれでいいから店員呼んで言いつけな。あと、赤ワインも忘れずにな」
「え、飲むんですか? じゃ、帰りの運転は俺ですね。じゃあ、店員呼びます」
 龍宝が行動する前に、俺が手を上げて店員を呼び、先ほど龍宝が俺に言ったメニューを言いつけて、赤ワインもしっかりと頼んで店員を追い払う。
 すると、龍宝は頬を染めて頭を下げてきた。
「すみません、なにからなにまで」
「気にすることはねえよ。お前、ああいうの苦手だろ。いや、知らねえけどそんな気がしてな。だったら、気にならないヤツがすればいいことだろ」
「……斉藤さんは、カッコイイです。とても、素敵な人ですよね。なんか、照れてしまいます。こんな風に俺を大切にしてくれる人は、鳴戸親分だけでしたから。周りの人間は、俺を勘違いしてる。でも、斉藤さんも親分も、俺の本当を分かってくれている人です。だから……」
 その後の言葉は続かず、俺も促したりしなかった。
 鳴戸の名前が出たからだ。俺と鳴戸はだいぶ違う。それこそ、俺はとんでもねえ極悪人なのに対し、鳴戸は何処までも真摯だ。俺とは、違うんだぜ龍宝。
 大切にしたいのは、お前がかわいいからだ。構いたくなって仕方ねえからこうやって、親切にもしてやるし、優しくもする。それは下心があるからだってのをこいつは知らない。
 俺だって、お前の本当なんて知らねえ。知らねえんだ、ごめんな、龍宝。
 当の本人は至ってご機嫌で水を飲んでおり、喉仏が大きく上下する様をじっと見つめる。艶めかしいよなあ、噛みつきてえ。噛んで、舐めてやりたい。そしたら、こいつはどんな反応をするんだろうか。気持ちイイって、言うのかな。それとも痛がる? 試してみてえ。
 服ビリビリに引き裂いて、そこから露出する肌を撫でたい。ネクタイ毟り取って、首を噛みたい。
 欲望は、何処までも膨らむばかりだ。
 俺の視線に気づいたのか、ヤツがふとこちらを向き薄っすらと笑った。……うーん、実に色っぽい。この悩ましいまでの色気のある笑顔はなんだ。大概、俺もイカレちまったみてえだ、ヤツ、龍宝に。
 そのままじっと見つめると、だんだんと見つめ合いに発展してヤツは黒目を揺らして俺を見てくる。何処か迷いがあるような、それでも切なさを含んだような色合いのヤツの眼はすげえキレーで、吸い込まれていっちまいそうだと思った。吸い込まれたら、どんな気持ちになるだろうか。
「斉藤さん……」
 いきなり呼ばれてハッと我に返ると、ヤツも何故言葉にしたのか分からないといった顔をして慌てている。
「あ、すみません。なんでもないです。ただ……斉藤さんの眼を見てたらなんか、吸い込まれていってしまいそうで、それがなんだか、心地よくてつい、呼んでしまいました。意味はないんです」
「お前は……」
 言いかけて止めた。どうしてそんな、気のあるような言葉ばっかこいつは口に出すんだ。お前が好きなのは鳴戸だろうが!! 今は居ねえけど、鳴戸を想ってるんだろうが!! 俺なんて、見ちゃいねえくせに……。眼中にもねえくせに!!

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -