空に絡まる蔦

 そろそろ春一番が吹き始めるのを予感させるような、そんな風の強いある日の夜のことだった。
 新鮮組の定例幹部会が終わった後、俺はいつもの通りいつもの店でめしを食って酒飲んでそのまま撫子の家に行くつもりでいたが、意外な人物に声を掛けられた。それは、龍宝だった。
「あ、斉藤さん。よかったらこの後……めしでも食いにいきませんか? いえ、飲みでもいいんですが少し、話したいことがありまして」
「あ、おお。いいぜ。けどあれだな、珍しいこともあるもんだな。お前からのお誘いなんてよ。滅多にねえから驚いた」
「……俺にも、ありますよ。誰かに話したいことくらい。……斉藤さんに、言いたいことくらい、ある……」
 そのまま黙ってしまい俺たちの間に沈黙が落ちる。
 なんだ、その沈み切った表情は。なんか、顔色も悪くねえか? 身体、悪くしてんじゃねえだろうな。
 何か声をかけてやりたいが、のどが詰まったかのように息だけ出て言葉になってくれない。反射で抱きしめようとしてしまい、慌ててぎゅっとその手を握った。
 だめだ、俺じゃだめなんだろこいつは。鳴戸じゃなきゃ、だめなはずだろうがっ……! なんで、俺じゃねえんだ。
 その考えに至って、暫し呆然とした。
 俺は一体なにを考えてんだ。こいつは鳴戸のモンで、こいつも鳴戸を想ってる男だ。俺が入る隙間なんて、ねえくらい広島で分かり切ってんだろ。
 俺は、なにをしようとした? 抱きしめる手は一つでいいはずだろ。でなきゃ、俺は……。
「あ、あの、斉藤さん? どうかしました、難しい顔をして」
「え……ああ、いや、なんでもねえ。ちょっとな、考え事をしてた。……俺もな、いろいろあんだよ。お前にもあるようにな」
「……どういう」
「広島だよ」
 言ってはいけないことを言ったと思った。目の前の龍宝は表情を硬くして、黒目を揺らしながら俺を見ている。当たり前だろう、これは禁句だ。俺たちの間ではもう終わったはずの関係で、今さら蒸し返してはならないはず。
 いくら俺が広島でのことを考えていたとしても、ヤツまで巻き込んではいけない。そんなこと、分かり切ってたはずだが、本当のところは分かっていなかったんだろうな。
「ま、あれは終わった話だけどな」
 そうやって誤魔化してやると、ホッと小さくヤツが息を吐いたのが分かった。けれど、表情が優れない。そのまま立ち竦んでしまい、俯いてしまっているヤツに声を掛けようとしたところで、無粋な声が俺たちの間を割った。
 生倉だ。
「なんじゃい、なんじゃい。出入口に突っ立ちおって。邪魔で通れんわい。……ん? どうしたんじゃ龍宝は。なんじゃその顔」
「……るせえな。帰るならさっさと帰りやがれ」
 そう言って龍宝が突っぱねたが、生倉はしつこく絡んでくる。
「ははあ、その憂鬱そうな顔。さては……生理じゃな? ま、龍宝ちゃんならあり得る話かもなあ。のう? 生理じゃろ?」
「黙りやがれ!! さっさと消えろ!!」
 怒鳴り声と共に振り上げられる拳。生倉は「きゃー!!」と言って走って逃げてゆき、俺はヤツの腕をガシッと押さえて動かせないように固めた。
「止せ。つまらんヤツの言葉なんて耳にするんじゃねえ。あんなの殴ったって気なんて晴れねえだろ。なにイライラしてんだ」
「何故止めるんです!! あいつは一発や二発殴ったくらいじゃ効きませんよ。それに、俺のこと女扱いしてせ、せ、生理、とか言いやがるし。……許せなかった」
「まあ、お前ああいうネタきらいだもんなあ。ま、生倉が悪いか。さ、俺たちも行こうぜ。お前はきっと腹が減ってんだな。だからイライラすんだよ。それとも、また溜めてんのか」
「そ、それはっ……その」
「返事はしなくていい。行こうぜ。なに食べたい?」
 優しく聞いてやると、少しだけヤツの表情が和らいだ。うん、やっぱこいつはこういう顔がよく似合う。思わず頬を擦りたくなって手を寄せてしまうと、ヤツもそれに気づいたのか顔が真っ赤に染まり、また俯いてしまった。
 またやっちまった。あー、もう。なんでこうなるかな。ヤツとはもう終わったはずだ。なのに、なんでこうも構いたくなるんだろうな。赤い顔も、つやつやの真っ赤な頬っぺたもかわいくて仕方ねえ。
 抱きたい。抱き潰してしまいたい。俺しか、だめにしてやりたい。
 でもそれは絶対に叶うことは無い。ヤツには、鳴戸がいる。鳴戸の影は絶対に消せねえ。今のヤツを形作っているのはすべて、鳴戸からのものだ。ヤツの中でどれほど鳴戸の存在がデカいかは広島で思い知ってる。
 それに、俺には撫子がいる。
 結局のところ、どう転んでも俺たちが結ばれることはねえ。それこそ、なにがあっても、不可能だ。それが分かっていながら、どうしてなんだろうな、惹かれていっちまうのは。
 やっぱ、ヤツから醸し出されるフェロモンにヤられちまったのかな。
 半端なかったもんなあー……抱いてる時のヤツから発せられるドエロオーラと、人を引き寄せて止まない、ヤツだけのにおいや声。それに温度や湿度。肌の感触に、アナルに思い切り締め付けられてイクあの快感。半端なく、そそられた。忘れられるはずがない、あの時のヤツの痴態。
 忘れようと何度も撫子を抱いたが、俺の中でヤツの存在のデカさが浮き彫りになっただけで、なんか、身体が疼くというか。ヤツが傍に居るだけで股間が疼いちまうんだ。おまけに見てるだけで背中がゾクゾクするし、笑顔を見れば心臓が爆発しそうになる。
 俺は乙女か? ばかばかしい。そんな純な気持ちなんて忘れちまったよ。
 と言いたいところだが、どうやら俺の中にもまだそういった初心な気持ちが残っていたらしい。かわいらしいあいつ。
 俺のモンにしたいけど、絶対にならない、そんなヤツ。

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