世界は僕らに少し厳しい

 鳴戸は龍宝の指さした方を見て、また目線を龍宝に戻す。
「あの、スーツのポケットの中にクリームが……親分は絶対忘れるだろうと思って、ちゃんと持って来てあります。それを使えば、ほ、解れるかも」
「用意がいいじゃないの。よし、んじゃそれ使ってお前のGスポットもいじり倒してやろう。いいだろ? つか、いやだなんて言うわけねえよな。好きだもんなー龍宝はGスポットが。なあ?」
 わざと羞恥を引き出すその物言いに、顔を真っ赤にするが鳴戸は笑いながら全裸でベッドから離れてゆき、龍宝のスーツを漁り出す。
「んなあ、お前って俺がいない間どうしてた? 誰かに抱かれたりとかしたのか? まあ、女は抱いてねえみてえだけどよ」
「誰が好きこのんで男に抱かれますかっ! お、親分にしか俺の身体には触れさせないつもりでいますのでムショ行きからずっと、男はご無沙汰です!! なんですかっ……俺はそんな尻軽じゃありませんよ!」
「悪ぃ、悪ぃ。んな怒んなって。いや、抱かれてねえなら随分ご無沙汰だろ? 尻の具合のことな。だったら、念入りにゆるゆるにしてやらねえとと思ってよお。痛いのいやだろ」
「痛いというなら、親分がドンファンとして俺を打った時の方がきっと痛いと思います」
「あれか。仕方ねえだろ、あの時はああするしか方法はなかったんだし、拗ねるなって。お前のことだ、負けたのが悔しいんだろ」
「……帰っちまいますよ、今からでも。あの時のことは忘れたいんです! 悔しくてたまらなくて、夜も眠れなかったんですから。あと……親分が正体を明かしたことで、恋しくなってそれもあって……帰ってきたなら、逢いに来て欲しかった」
「龍宝……」
「逢いに、来て欲しかったです!!」
 大声を出すと、服を漁っていた鳴戸の手が止まる。
「……日本に来たなら、俺のところに来て欲しかった……何よりも、それを優先して欲しかったのに……」
「あのな、龍宝。俺はな」
「分かっています。親分は今、違うボスのところに付いてますから、そうはいかないことくらい分かってます。けれど、頭で分かっているということと心で分かっているということはまた、べつの問題です。俺はただ、純粋に逢いに来て欲しかっただけなんです。死んでいるとばかり思い込んでいて……淋しかった」
 身体を起こし、自分の手を見つめていると自然と涙が湧き出てくる。泣き顔を見られたくなくて、両手で顔を隠ししゃっくり上げる。
「ずっと、淋しかった。さみしかった……」
 大きくしゃっくり上げると鳴戸が立ち上がった気配がしたと思ったら、ぎしっと大きくベッドが軋みいきなり身体が大きなもので包み込まれる感覚がしてそれがすぐに鳴戸だと思った龍宝は身を捩り、その肩に額を押し付けてさらにひっくと肩を揺らすと鳴戸が大きな溜息を吐いたのが分かった。
「……悪かった。けど、謝るのは一回だけだぞ。お前だって、立派に鳴戸組二代目勤めてんじゃねえか。俺が居なくたって、お前はやっていけるよ。そう信じてるから」
「そんなの詭弁です! 親分はきっと、俺が重たくなったんだ。だからっ……なにも言わずに死んだことにして消えてしまった。連絡する方法ならいくらでもあったはずなのにっ……それをしなかったのは、そういうことでしょう……?」
「怒られてえか、お前は俺に。いい加減にしろ」
 鳴戸の低い声に、勝手に身体が恐怖を感じてビグッと跳ねてしまう。けれど、龍宝だって負けていない。
「淋しかったんです!! 分かってください、少しでもいいから分かってくださいよ。……俺のすべてだった親分が消えてしまった後の俺を少しくらい、想像してください。好かれていると分かっているのなら、なおさら……考えてみてください」
 さらに額を押し付けると、鳴戸の身体に龍宝の流した涙がぽたぽたと落ちては滑り落ちてゆく。それを他人事のように見つめていると、また大きな溜息が聞こえる。
「俺だって、お前に逢いたかったさ。でもな、もう鳴戸親分はいねえよ。あの時、あの寺で俺は死んだ。いまお前を抱いているのはさしずめ、亡霊ってとこかな。帰る気は……今んとこねえな。ねえんだよ、ごめんな、龍宝。傍にいてやることは、できねえんだ」
 衝撃の言葉に、思わずのどがひくっと鳴ってしまう。
「お前は強くなった。俺が居なくとも立派に鳴戸組二代目としてやっていける力量はある。淋しがることはねえ」
「気休めをっ……!」
「信じられねえか、俺の言葉が」
「それはっ……信じたい。信じたいですけど、二代目とかではなくただの親分の想い人として、お慕いしている人の傍に居たいというのは傲慢でしょうか。俺はそうは思いません。親分が親分でなくなったとしても、鳴戸さんという一人の男に、傍にいて欲しい……形は構わないんです。ただ、いつまでも傍にいて、お慕いしていたいだけなのに、それすらも許されませんか」
「だめだな。悪いが、願いは叶えてやれねえ。言っただろ、俺は一度死んでる。もう二度と、同じ人間にはならない。龍宝、お前の想う鳴戸竜次は死んだ。もうこの話は終いだ。キリがねえ」
「鳴戸親分!!」
「その男は、寺で死んだ。分かったな?」
「おやぶん……なんて、残酷なんですか。だったら、何故に俺の前に現れたんです! そんなことなら、あのスクラップ倉庫の中でいっそ、殺して欲しかった。親分の手にかかるんなら本望です。殺してくれればよかったんだ!!」
 ひっしと抱きつき、大粒の涙を何粒も落とすとぎゅっと頭を抱かれさらさらと髪を梳かれる。
「ごめんな、龍宝。どうやら、お前には随分酷なことをしちまったみてえだな。だが、俺は帰らねえ。もう一度言うが、鳴戸という極道は死んだ。死人は生き返っちゃならねえ。分かるな? いや、分かってもらえなくとも、もはや関係ねえ」
「ひどい、人だっ……! 酷い人です、あなたは!!」
 それから暫くの間、二人の間に沈黙が落ち、ただ龍宝のすすり泣く声だけが、部屋に響き渡っている。
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