祭りのあと

 その優しい口づけに応えるよう、舌を出すと柔く食まれぢゅるっと音を立てて唾液を啜り持っていかれてしまい龍宝も同じように鳴戸の舌の上の唾液を吸い付いて飲み下し、舌を絡ませて甘い時間に浸る。
「ん、んんっ……んんんっ、はあっはあっ、んっんっ、おやぶんっ……」
「お前トロットロだな。顔も身体もトロットロじゃねえか。まったく、普段から色気がすげえヤツと思ってたけどよ、こういう時にお前見るとしみじみ思うわ。すんげえ色っぺえ顔晒しやがって、また勃っちまいそうだぜ」
「ん……も、だめです、むりっ……はあっ、気持ちイイ……」
 一度目を閉じ、瞼を押し開くと至近距離に鳴戸の顔があり思わずじっと見つめてしまうと、ゆるっと表情が緩み、もう一度軽いキスを送られぎゅっと抱きしめられる。
「気持ちイイ……おやぶんの、腕の中……すごく、気持ちイイ」
 龍宝からも鳴戸の背に腕を回し、しがみつくように抱きつくとさらに抱擁がきつくなり、息がしづらいほどに抱きしめられてしまい、その力強さにも酔ってしまう。
 息が整うと、やってきたのは静寂で龍宝は鳴戸の腕に抱き寄せられながら、うとうとと船を漕いでいた。熱いくらいの体温と、優しい鳴戸のにおいが龍宝の気持ちを最大限リラックスさせ普段だったら絶対に他人の前では眠らない龍宝だったが、好きな人に抱かれる幸せを十二分に味わってしまったその贅沢感や幸福が綯い交ぜになり、つい気が抜けてしまったのだろうとは思う。
 それほどまでに鳴戸の腕の中は居心地がよく、安心できる。
 そのまま幸せを抱きつつ浅い眠りを漂っていると、ふいに鳴戸が身じろぎ出し、額と両頬に軽いキスが落とされ、最後に唇に濃厚な口づけが降ってきて、半分寝ぼけていたので存分に応えることはできなかったが、無意識のうちに鳴戸の背に腕を回そうとしたがそれは無碍にも振り解かれてしまった。
 そしてもう一度、両手で頬を包み込まれたと思ったら優しいふわりとしたキスが唇に落とされ、瞑っていた目を開けるとそこには切なさを絵に描いたような表情の鳴戸がおり、龍宝からも腕を伸ばそうとするがそっと、降ろされてしまう。
「おや、ぶん……?」
 鳴戸はなにも言わず、無言でベッドから降りそして服を身に着け始める。
 いつもならば絶対に泊まっていく鳴戸が、何故か帰り支度を始めているのに動揺する龍宝だ。何しろ、情熱的に抱かれ今の今まで幸せに浸っていたのが急に、熱が冷めたように着替え始めるそんな鳴戸の背中を呆然と眺める龍宝だ。
 靴下まで穿きつけ、玄関へと向かう後ろ姿に思わず叫ぶように声をかけてしまう。
「おやぶん……親分待って、待ってください! なんでっ……」
「今日だけと言ったろ。じゃな、龍宝。また明日な」
 なんともあっさりしたものだ。確かに、鳴戸は今日だけというのを強調はしていた。だが、本当に関係を絶ってしまうとは。
 今も、身体に鳴戸の残したものがたくさん龍宝の身体に散りばめられている。先ほど頬を包んでくれた熱い手の感触も、唇に降れたあの柔らかさも、胎内に宿っていた熱も全部それごと、切って捨てるつもりなのだ。たった一晩とは。これでは商売女と同列の扱いだ。鳴戸にとって、それだけのもので、それだけのことだったのだろうとは思うが、龍宝にとっては特別な一夜だったというのに。
 あの幸せの行方は一体、どこでどう紛らわせればいいのだろう。一瞬にして壊れた幸福に、暫く唖然としていたがだんだんと事実が飲み込めて来るにつれ、まず反応したのは涙腺だった。
 鳴戸が去って行った玄関扉をじっと見つめていると、目頭が熱くなり目の前がぼやけてくる。何もかもがぼやけ、そして熱い涙が頬を伝いあごに溜まってぽたぽたとシーツの上に零れてゆく。
「ふっ……ううっ、うっ……」
 両手で目元を隠し、嗚咽を押し殺して泣きじゃくる。
 嘘だと言って欲しかった。いつもの龍宝の大好きな笑顔を浮かべながらあれは嘘だったと、ずっと一緒に居ると、傍にいると言って欲しかった。
 けれど、鳴戸は行ってしまった。振り向きもせず、ためらいもせずそれこそあっさり居なくなってしまって部屋に独り、龍宝は残されてしまった。
 思い出になんか、なりたくないししたくない。鳴戸と、離れていたくない。あんなに愛してくれたのは、ただ鳴戸の愉しみだけのためで龍宝の気持ちなど端からどうでもよかったことなのだ。どう勘違いしようが、部屋を出てしまえばただの親分と子分。
 それ以上でもそれ以下でもない関係を、鳴戸は望んでいてそして龍宝はそれ以上の関係を望んでいる。だが、それが交わることはもうきっと、無いだろう。
 やはり、猫は猫だったということか。居心地のいい場所が消えてしまった以上、そこにとどまる理由はなく、べつの居心地のいいところを探してまた、そこに居つくのが野良猫の習性だ。
 分かっていたはずなのに、本当のところは分かっていなかった。そういうことなのだろう。いや、分かりたくなかったの間違いかもしれない。
 いつか、鳴戸は自分の方を向いてくれるとどこかで勘違いしていたのが今になって糺されてしまった。たった、それだけのことなのだ。
 鳴戸が恋しかった。叶うことならば、もう一度あの腕の中へ行きたい。行って、抱きしめてもらいたい。そして、安心したかった。なにも怖くはないと、もう安心だと言って欲しい。鳴戸の口からそう聞きたい。
 涙が止まらない。
 まるで止まない雨のようだ。龍宝の悲しみを体現したような、そんな悲しい雨。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -