心臓のケロイドに爪を立てる

 バイブは本棚に当たり、ごろんと無機質な音を立てて床に転がる。
「おやぶんがっ……俺をオンナにするからっ……こんなモンに頼らなきゃならなくなったんでしょう!? こんな、情けない姿見られて……死んでしまいたいっ……!!」
 それだけを搾り出すように言った後、大声を上げて泣きじゃくり始めてしまう。涙も声も止まらない。まさか、こんなにみっともない姿を鳴戸に見られるとは。
 一番見られたくない人物に見られてしまったその羞恥に、ただただ悲しさと恥ずかしさだけが心を支配し、それらはすべて涙となって溢れ出ては龍宝の頬を濡らしてゆく。
 そんな龍宝の姿をどう思ったのか、いきなり正面からがっしりと抱きしめられ、思わずひくっとのどを鳴らしてしまう。
「こんなことすんなら、お前……男に戻るか」
「どういう、意味……ですか、それは」
 声が震えてしまう。男に戻るとは一体、どうやって。今さら何を言っているのだろうか、鳴戸は。
「オマエ、女抱け。女抱いて来い。それで、問題は解決するだろ。俺はそれに対して、怒りも呆れもしねえよ。だから、行って来い」
 その言葉にカッとなった龍宝は大声を出して牽制する。
「今さら、あなたは俺が女を抱けると思いますか。そんなに浅いものじゃない……あなたが俺に対してしたことは、女抱いたからって解決する問題じゃない……!! それだけのことを、あなたは俺にしたんですよ!? それが、どういう意味を持つか分かりますか!!」
「そんなに怒るな。……俺ら、別れるか。そんで、お互い健全な道に戻ろうや。俺も、お前を抱くことはもうしない。二度としない。だから、お前もこんなおもちゃなんかケツに挿れるんじゃねえ。それで、解決だ」
「だからっ……今さら別れたって、俺はあなたに代わるべつの男を探すしか無くて、あなたはそれでもいいと!? 俺が他の男に抱かれるのを良しとするんですか!! お聞きしますが!! 俺はっ……もう戻れなくたって構わない。ただ……ひたすらに悲しいです。あなたに抱かれたことで自分がこんな人間になってしまったことが、ひどく悲しくて……そして、虚しい。尻の孔に卑猥なおもちゃ挿れなきゃ治まらないほど男が欲しいなんて、悲しすぎる……そうしたのは他でもない、あなたですよ親分」
 そっと、龍宝からも鳴戸の背に腕を回ししがみつくように抱きつく。
「龍宝……」
「べつに、謝って欲しいわけじゃありません。ですが……もう一度お聞きします。あなたは、あなた以外の男に俺が抱かれても構いませんか。聞きたいのは、そこだけです。誰か他の男の腕の中で善がる俺を、あなたはどう思うでしょうね」
 すると、ぎゅっと抱きしめられ苦しいくらいのそれに合わせ、鳴戸の低い声が耳に届く。
「そんなん、許せるはずないだろうが……!! お前だって分かってるだろうが、それくらい。俺がお前をどう思って抱いてるか、大事にしてるかは知ってるはずだ。そんなお前を他の男が抱く? そんなことする前に、俺はお前を殺してやる。他の男のチンポがお前のケツに挿れられる前に殺してやるよ。お前は、俺のモンだ。誰にも譲らねえし、離れていくこともぜってーに許さねえ」
 その言葉に、龍宝は涙で濡れた頬を上げてゆったりと笑む。
「それでいい……それでいいです。俺も、あなた以外に抱かれる気はありません。けれど……あまり放っておくと、分かりませんよ。昼間言いましたよね、親分は。俺が淫乱だって。けれど、淫乱に仕立てたのは誰でしょうか。あなたでしょう? 冗談でもなく、本気で俺は淫乱に仕立て上げられましたよ。あなたの思い通りの、淫乱になりました。そのことも……本当は、悲しい。こんなはずじゃなかった。なのに、いつの間にか俺は引き返せないところまで来ていて……独りきりで、あなたの施すことを待っているただの淫売に成り下がってしまって……こんなの、男じゃない……アレが付いてる、オンナだ……女ですよ、親分。悲しいでしょう? これが、末路ですよ。あなたが俺にしたことは、こういった結果になったわけです。満足ですか」
 まるで突き放したようなものの言い方をどう思ったのか、鳴戸は黙ってしまい、ただ身体を抱いてくる腕の力だけがさらに増してゆく。
 実際、苦しいほどに抱きしめられ困惑を隠せないが言いたいことは言った。後は鳴戸がどう感じるかだけだ、問題があるとすれば。
 暫く抱き合ってベッドの上に座っていると、心が落ち着いてきたからか何なのか、またしても媚薬の効果が龍宝の身体の支配を始め、つい熱い吐息をついてしまう。
「あ、はあっ……は、は、おやぶん、今日はもう帰ってください。これ以上、相手はできません。事務所なら、明日朝一番に顔を出します。ですから、もう帰って」
「……いやだっつったら?」
「帰ってください!! 何度言わせれば気が済むんです!! 俺はっ……び、媚薬を飲んでいます。身体が疼くんです!! だからもう帰ってっ……気持ちが良すぎて苦しいから、帰ってください!!」
「媚薬? なにお前、そんなもん飲んだのか!!」
「だって……仕方ないでしょう? シラフであんな卑猥なおもちゃが挿れられるほど俺も堕ちちゃいないんで。だから、親分はこれ以上俺を見ないで、そのまま回れ右して帰ってください。もう俺を、惨めにさせないでっ……!! 辱めないでくださいっ……おねがい、します」
 途端だった。いきなりベッドへと突き飛ばされ、しゅるっと音を立てて鳴戸がネクタイを外し、龍宝の手首を拘束してしまう。
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