シュークリームと珈琲と

 この男に話をすれば、何か分かることがあるのだろうか。勢いでついてきてしまったが、よかったのだろうか。少しの後悔を抱えながらソファに座っていると、ことんと音を立ててシンプルな白色で揃えたカップとソーサーが置かれ、コーヒーと、後は丸い形をした洋菓子が目の前に置かれる。
「あの、これはなんだ。甘いものは食わない。女子供でもあるまいし……」
「あらあ、そういうのって偏見って言うのよ。べつに、男性が甘いもの食べたっていいじゃない。何がいけないの? それに、これはアタシの手作りなの。おにーさんにはぜひ食べて欲しいわ。甘いものって、案外悪くないわよ。心を癒してくれるから。……食べてみて。クッキーシューよ」
 この男の言葉は何処か、不思議だと思う。
 普段ならば絶対に口にしない菓子だが、つい手が伸びてしまいさくっと一口頬張ってみると中からクリームが出てきて、それらは口に拡がりバターの風味とバニラの風味がバランスよくつい「美味い……!」と言葉が出てしまった。
 柔らかいクリームとサクサクした食感が楽しく、夢中になって食べそしてコーヒーをいただいていると、男は嬉しそうな笑みを見せて自分用に淹れたコーヒーを傾けた。
「でしょー? 不思議よね。アタシがこのお菓子を焼くと、お店には必ず訳アリのお客がやって来るのよ。だから、今日も誰か来るかしらと思っていたけれど、やっぱり来たわね。どお? もう一ついかが?」
「いや、充分食った。あの……ありがとう。少し、心が落ち着いた気がする」
「それは重畳。さて、あなたの悩み事は何かしら。ただ単にアナル開発が目的ではないのよね?」
 それに頷く龍宝。
 そしてコーヒーを前に、鳴戸とのことを話し始める。
「俺はあの人が好きだ。けど、もう女にはなれない。でも……身体は、完全に女になってる。奥が疼いて仕方ない。そのことが、ひどくショックで……」
「ねえ、あなたの言うあの人って……男性かしら? それとも女性?」
「お、男……。だって、女なんてあり得ないだろう。どうやって俺が女に対して女になるんだ」
「あら? 知らないの。女でもできるのよ。ペニバンを使ってね」
「ペニ、バン……? なんだそれは」
「それも知らないの? ペニスバンドのことよ。主にレズビアン同士のセックスに使われるんだけど、中には女性がそのペニバンを使って股間に疑似おちんちんをつけてね、男のアナルを責めるの。そうやって悦ぶ男性も、世の中にはいるってことよ。でも、あなたは違うみたいね。違うとは思っていたけれど」
「……そんな趣味はない。俺の相手は、間違いなく男で、だから……もう、女にはなれないと……」
「まあ、あなた男らしいものね。簡単に女になれって言われてなれるもんではないことは分かる。けれど、あなたその人のこと好きなんでしょう?」
「好きだ。大好きだ。……とても、愛してる。でも……」
 言葉に詰まった龍宝は、そのまま俯いて手を組み項垂れてしまう。
「……失って、気づくこともあるわよね。というより、あなたの場合、失ってしか気づけなかったのよ、きっと。自分の手から零れ落ちて初めて、それがとても大切なものだったって分かることもある。あなたの場合それね」
「失ってしか、気づけなかったもの……」
「あなたが欲しがっていたアナル用のバイブ、あれはあなたを女にするものではないわ。あれは、あなたの大切な人と手を繋いでいくために必要なもの。確かに、受け入れる側にとってみると女扱いされてるって思うわよね。それは分かる。けれど、仕方ないじゃない。あなたたちは男同士なんだから、どちらかが譲らないと、一生手に入らないものもあるわよ。というより、あなたが譲ることによって絆って生まれるのよ、男同士の場合」
「俺が譲ることの意味、ということか」
「そう。大体、あなたの彼だってあなたのペニスに触れないわけじゃないでしょう? まるっきり無視しているわけではないのよね?」
「それは……セックスの時、いやってほどイかされるけどでも」
「あなた、ちゃんと愛されてるじゃない。本当に男がいやなら、ペニスなんか触らないわ。というか、本当にあなたを女として見ているだけならペニスには触れない。それがゲイじゃない男ってもんよ。ま、あなたも本当のゲイではないみたいだけれど」
「俺はホモじゃない! けど、あの人には抱かれたい……手放したくない。でも、素直になれない。俺は、どうしたら……」
 そこまで話したところでふと、鳴戸の笑顔が頭に浮かび優しく頬を撫でられたことを思い出して、眼に涙を浮かべると、すっとティッシュの箱が差し出され男がまるで泣き終わるのを待つかのようにコーヒーを飲み始める。
 その優しさに甘えるよう、暫く涙を流した後、ティッシュで顔を拭いてすんっと鼻を啜る。
「……すまない。取り乱してしまって」
「好きなのね、とても。その彼のこと。分かるわ、あなたの口ぶりや言葉の端から愛情が伝わってくるもの。いいわね、そういう人がいるって。羨ましいわ」
「今は……もう、付き合っているのかさえ分からない。俺が、突き放したから。女になりたくないって、あの人に言ったから……」
「あなたの好きな人が、そんなに狭い器量ではないとは思うけれど。大切に、されてるのよ。彼だって、きっと後悔してるわよ。それでも、歩み寄れないって言うのならその間だけでも道具を借りて夢を見るのも手といえば手ね。そのためにこの店はあるのよ。だからアタシはこういう店を経営してるの。人間の性ってやつが、好きなのよ」
「人の、性……」
 確かに、人間だけだそうだ。動物で年中発情しているというのは。
 そうなると確かに人の性、性と書いてさがと読むのはあながち、間違っていないのかもしれない。
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