あなたのいない夜が明ける

 あの夢の正体、それは。
 とにかく考えたくないと、給湯スイッチを押して浴室へと入りシャワーの湯でザーメンで汚れた手を清めた後、頭から熱いシャワーの湯を浴びる。
 火照って汗ばんだ身体に湯は心地よく、いつまでもシャワーを浴び続けて頭を冷やそうとするが、逆に熱くなってきてしまい慌てて浴室から出てバスタオルを頭に乗せ、かしかしと髪を擦る。
 そして身体の水分を拭き取り、腰にバスタオルを巻いてそのまま冷蔵庫へ向かい、扉を開けてミネラルウォーターの500ミリリットルのボトルを取り出して一気飲みし、どかっと椅子へと腰掛ける。
 そのまま暫く椅子に座っていたが、何か気分転換をしたくなり、そこで思いついたのが散歩だった。
 きっと、初夏の夜は心地いいだろう。
 そうと決まれば、もう一度丁寧に髪の水分を拭き上げ、スラックスにカッターシャツ、そして背広を身に着け、念のため拳銃を懐に忍ばせて一応、財布を持って部屋を出る。
 龍宝の借りている部屋は階層が高く、空を見上げるとぽっかりとした丸く黄色い月が浮かんでいる。
 そういえば、鳴戸が言っていた。月は黄色がいいと。龍宝は白が好きだが、鳴戸は今、この月を見ているのだろうか。
 考えて、慌てて首を振る。
 そして前だけを見て階段を下ると、どちらの道へ行こうか迷う羽目になり何となく左がいいような気がして、そのままゆっくりと歩を進める。
 やはり、予想していた通り空気は澄んでいて心地よく、少し寒いくらいだが火照った身体にはちょうどいい。
 何気なく歩いていると、目の前に薄ぼんやりとした灯りが見えそれが自販機だと知ると急にのどが渇いたような気になり、少し歩を速めて自販機の前へと言って小銭を入れてコーヒーを選び、備え付けのベンチに腰掛けてプルトップを開ける。
 一口飲むと舌に痺れるような甘さが拡がり、いつもは閉口するところだが今は何故だか、美味しく感じる。
 そのままぼんやりと空を見つめながらコーヒーを傾けていると先ほどの夢のことを思い出した。
 あんなに女になりたくないと思っていた自分が、まさか本物の女になる夢を見るとは。何処かで聞いたことがある。夢というのは願望の表れであると。
 ということは、自分は女になりたいのだろうか。鳴戸のペニスを正式に受け入れられる身体を持つ、女に。
 だがそれは不可能だ。男に生まれた以上、男でいたいし女にはどう頑張ってもなれないし、なる気もない。
 けれど、女になる夢を見た。
 夢の中ながら、鳴戸の指は気持ちが良かった。あんな風に、鳴戸は女を悦ばせているのだろうか。自分の身体では、決してできないこと。濡れることも無ければ、面倒にもクリームなどで潤さなければならない、しかも尻の孔。
 鳴戸は本当に好きでソコにペニスを埋めているのだろうか。
 少なくとも、龍宝にとってセックスとは複雑なものだ。大体がして、受け入れるところが尻の孔とは。初めて求められた時には戸惑ったものだ。まさか、尻の孔を使うとは思ってもみなかったのでそれは並々ならぬ嫌悪があったが、鳴戸がどうしても引かないものだから無理やり、といった形で受け入れた記憶がある。
 そして、一度受け入れてしまえばもはやなし崩し的にソコを毎回、使う羽目になり、どころかとうとう、尻の孔で感じる身体にされてしまった。
 便を出すための機能の、尻の孔でだ。
 考えたくないが、もはや何十回と抱かれるうちに諦めという気持ちが芽生えたというのもある。
 自分は男でソコしか受け入れる場所が無いのであれば、もうココを使うしかないと、そして鳴戸に捨てられないためにも、受け入れてイクしかない。そうやって思い込んでいた節も確かに、ある。
 鳴戸に見捨てられるのがいやで、そういうことは一言も口に出したことは無かったが、まるで自分が女にされているようで、それも抵抗があった。
 龍宝とて、男なのだ。
 だがしかし、いま女を抱けと言われて抱けるのかどうか、それすらも分からなくなっているのも確かなのだ。
 アナルで感じる快感は強い。それは、女とセックスするよりも数倍は気持ちよくイける。そして、何度もイかせてもらえる。いいところだけ見ればそれは最高のセックスなのだろうが、中身を見てみれば使うのは尻の孔。そして前立腺を刺激してもらわなければ気持ちよさも半減と来ている。
 だが、先ほどの夢のように女が持つ性器ならばそれこそ、男の身体でイクよりももっとたくさんイけるだろうし、快感も強いだろう。
 だがそれは、受け身の話だ。
 詰まるところ、龍宝には行き場所はないということだ。女にもなれず、男でもない。
 やはり、鳴戸に縋るしかないのだろうか。それしか、自分には何の取り柄もなく抱いてもらえるだけでも良しとして、女として抱かれ続けるしか無いのか。
 はあっと大きく溜息を吐き、缶コーヒーをのどに流し込む。
 月がきれいだ。
 女になりたいわけではないが、鳴戸と所謂そういった仲である以上、龍宝が受け入れる側に回らなければならないのは仕方のないこと。
 けれど、好きだからこそ分かって欲しいこともある。好き合っていれば、身体を繋げたくなるのは当然のこと。だが、男同士となると必ずどちらかが女にならなければならない。
 そのことについてずっと、目を瞑ってきたがもはや関係も限界だろうか。女になりたくないのであれば、男に戻るしかない。鳴戸と別れ、女を抱く日々に戻る。
 考えたくない。
 鳴戸に女は抱いて欲しくない。だったら、自分が女の代わりになるしか道はない。鳴戸が求めてくるのであれば、女になって応えるしかない。
 堂々巡りのこの考えに蓋をするよう、龍宝は残っていた缶の中のコーヒーを一気飲みして、空を見上げ続けるのだった。
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