みずいろの恋
しゃっくり上げながら横たわっていると、後ろから情けなく自身を呼ぶ鳴戸の声が聞こえた。「龍宝ー……なあ、シャレだって。泣くなよ」
「こっち来ないで、独りにしてください。今あなたの顔は見たくない。あっちへ行って」
だが鳴戸は龍宝の拒絶の言葉ももろともせずにずかずかとこちらへやってきて、後ろに寝転んだと同時にぐいっと、片腕が身体に回される。
「や、離してください! 触られたくないっ……!! デリカシーの欠片もないあなたはきらいです!!」
「そんなにエロ本がいやだったのか? そういえば、お前ってああいうのきらいだったっけ。つかさー、お前も男なら少しはそういうのに免疫をつけてだな」
龍宝は鳴戸の片腕を振り払い、手で顔に流れた涙を乱暴に拭う。
「あなたの場合はわざとでしょう! 俺がそういうの、苦手なの知っててああいう嫌がらせ……どうにかしてます。そんな人と一緒にはいられません。離れて、下行っていてください」
すると後ろから大きな溜息が聞こえ、また腕が身体に回り首元に顔が埋められる。
「なあ、悪かったって。機嫌直せよ。……んー、いいにおい。すっげえ、いいにおいする」
「や、止めっ……! 止めてください、下に組のヤツらがいるのにっ……!」
「いいじゃねえか、ここでキスまでした仲だろ? ほら、ここさ……こうしてやると、お前も嬉しいだろ」
するすると伸びた片手は、背広の下へと突っ込まれ、さりさりとカッターシャツの上から指先で乳首を擦ってくる。
「アッ……あ、あ、や、止めっ……! やっ……」
「あ、硬くなってきた……気持ちイイ?」
じんわりと熱くなる身体を感じながら、龍宝は必死で首を横に振る。
「だ、誰だってそんなことされれば硬くなります。いいから、止めて離れてくださいってばっ! いやだっ……!」
「んじゃ、ココはどう言ってるかな? お前の好きなトコ……ココだろ?」
その手は乳首からだんだんと下へと降り、むぎゅっと股間を握りしめられその刺激に思わず身体がビグッと跳ねてしまう。
「んあっ!! あ、あ、あっ……や、いやだっ、やだ、ぁっ……!! や、離して、離してっ!! いやです、離してください、や、だっ……!!」
「あ、ちょっと勃ってきてる。身体は素直だよなあ、龍宝。なあ、今日めし食ったらホテル行かねえ? そこで仲直りしようぜ。イイコトして、仲直り。今日はお前のおねだり、なんだって聞いてやるからさ、へそ曲げんなよ」
手の動きに合わせ、身体が勝手にビグッビグッと跳ねてしまう。そういえば、最後にセックスをしたのは一週間くらい前になる。確かに、溜まっているといえば溜まっているがここで誘いに乗るほど龍宝も甘くはない。
ここで許してしまえばまたいつもと同じパターンになる。
鳴戸は何処か、龍宝で遊ぶ癖がある。その殆どが、色事方面でしかも、ああやって女を引き合いに出してきてはからかって笑うのだ。
鳴戸の女として傍に居る龍宝にしてみると屈辱以外何物でもないのだが、それは鳴戸には分からないらしい。
当然だろう、彼はそのまま男としてペニスを使い龍宝を女に見立てて抱いているのだから何も立場は変わっていない。ただ、変わったのは龍宝が受け入れる側、女になったということだけ。
正式に男を受け入れる場所ではないアナルにペニスを挿れられ、啼かされ、そしてひたすらに快感を叩き込まれて何度も何度もいやになるほどにイかされる。それが、鳴戸とのセックスの実態だ。
それをいやだと否定するわけではないが、正直複雑な気持ちも否めない。
このままでいいのか、そんな思いを抱えていることくらい分かって欲しいと思う。龍宝とて男なのだ。それを女扱いして悦に入って、何が対等な関係か。
ぎゅっと目を瞑り、今までを思い出す。これ以上、このままではいられない。ベッドの上で受ける愛撫も、後ろを解されるあの気色の悪い感触、ナカに異物が挿れられるあの瞬間。ナカイキさせられる、あの快感もすべてなにもかも、無かったことに。
股間を揉みしだいてくる手を思い切り振り払った龍宝は、そのまま鳴戸の身体を押し返し上半身を起こす。その顔は涙に塗れ、情けないものだったがキッと鳴戸を睨み、そのまま立ち上がる。
「……暫く、事務所には来ません。俺の代理は、他にもいるでしょうから」
「お、おい龍宝! お前そんなに泣いてっ……」
「泣かせたのは一体、誰でしょうね。目の前の誰かさんでしょう。俺を泣かせることができるのは、あなただけですから。もう、女にはならない。絶対に、あなたと抱き合ったりなんてしない」
「龍宝……! おいって」
「失礼します。……あなたの顔は、見たくない」
そう言った後、さらに涙が溢れてくるがそれを無理やり拭い、部屋から出る。そのまま階下へと駆け下り、玄関扉を開けて外に出る。
そして車に乗り込むなり、肩を揺すらせながら涙に暮れる龍宝だ。
ばかなことを言ったと思った。確かに許せない気持ちはあるが、半分本心で半分は当てつけのようなものだ。
ただ、少し龍宝の感じている痛みを分かってもらえればそれで溜飲は下がったのだ。けれど、鳴戸は反省どころか色事で始末をつけようと思っている。
許せなかった。どうしてもそのことが許せなくてああ言ってしまったが、今さら帰って自分から謝るのもおかしな話だとも思う。
結局は、男同士では無理だということなのだろう。ここまでしか行き着くことができなかった。鳴戸とならどこまでも行ける、愛し合って過ごせると思っていたがそれは間違いだったということだ。
急に身体から力が抜けてゆく。