ふたりぼっち
そんな龍宝に意外な救いの手が差し伸べられたのは、温かな陽気が続いた春の日のことだった。この日、珍しく龍宝が酒に溺れて二日酔いで事務所へ顔を出した時のこと。
あんまりにも頭痛がひどく、組事務所の二階を借りて横になっていると誰かが部屋に入ってきたのが分かった。そしてそれが、鳴戸だということに気づいたのもすぐで、心臓を高鳴らせながらそのまま寝たふりをしていると、ごそっと目の前で音がして薄っすらと眼を開けたその瞬間、ぐいっと片腕で身体を引き寄せられてしまい、鳴戸の腕の中にすっぽりと埋まってしまう。
ふわっとかおる鳴戸の温かなにおいと、そして心地よい腕の中で起きるタイミングを失った龍宝が固まっていると、額に何かひどく柔らかな感触が拡がり、それが一体何なのか分からず、またしても薄っすらと眼を開けてみる。
すると、目の前には鳴戸の喉仏があり、あまりの至近距離に何事かと動揺していると、今度は頬に優しい感触が拡がった。
その正体は鳴戸の唇だと気づいたのは最後、唇同士が触れ合ったことで分かり、徐々に目を開けてゆくと、その動きに合わせて瞳から涙が溢れ、重力に従ってぽたぽたと涙が零れ落ちる。
「おや、ぶん……?」
鳴戸は無言で龍宝の目に親指の腹を当て、優しい仕草で涙を拭い取ってくれる。その手つきにも慈愛を感じ、さらに涙を湧かせると、今度は唇が目に押し当てられ涙を吸い取ってゆく。
「……俺に、こういうことされるの……いやか。いやなら、止めるけどな。でも、嬉しいって言ってくれると、俺は嬉しい。……龍宝……」
甘く名を呼ばれた途端、想いが溢れ爆発し、今度は龍宝から唇を奪ってしまう。鳴戸の首に腕を回し、逃げられないようにしてテクニックもなにもなくひたすらに鳴戸の唇に自身のモノを押し付け続けると、急に鳴戸が応戦してきて角度を変え、何度も触れるだけの口づけを二人は繰り返した。
あの幸せな時間は今でも覚えている。
幸福を角砂糖で固めたようなそんな、甘ったるいキスはトロトロに龍宝を蕩けさせ、唇が離れてゆく頃には涙の流し過ぎで白目は真っ赤に染まっており、何度も瞬きをして涙を零しながら鳴戸に抱きついた。
「好きっ……親分、あなたが、あなたのことが好きっ……ずっと、ずっとお慕いしてました。愛して、いるんですっ……あなたを、俺は愛してる」
すると鳴戸からも腕が回され、がっしと抱き込まれたと思ったら耳元で湿った息が当たる。
「俺も……お前を愛してる。ずっと、好きだった。俺の想い、受け止めてくれねえ……?」
無言で何度も頷き、龍宝と鳴戸はその日、想いを通じ合わせて初めて合意の上でのキスをした。
そのキスの甘い味もきっと、忘れはしないだろう。
そしてその日の晩、鳴戸と結ばれた。未だ早いだろうと思っていたが、どうやら鳴戸はかなり我慢をしていたらしく、激しく求められるがまま後ろを開かされそして、その日から龍宝は男を捨てざるを得なくなり、鳴戸の恋人としての夜を過ごすことになった。
ベッドの中の彼は優しく、そして激しかった。一晩一緒に過ごすと消耗が激しく、あくる日まで響くが鳴戸は関係なく迫っては情熱をぶつけてくる。その熱さがまた愛おしく、龍宝から強請る日も抱かれるたびごとに多くなり、苦しさとも呼べる情愛に溺れる。
そんな、愛と欲に塗れた日々を送っていた最中のこと、とうとうその日はやってきた。龍宝と鳴戸の意思を無視した、ある事件が幕を開ける。
事務所に顔を出すと、挨拶の応酬になり無意識のうちに鳴戸の姿を探してしまう。これも、いつの間にか習慣になってしまった。
些か苦々しい気持ちで辺りを見渡すが見当たらず、仕方なく奥へ通ずる扉を開けると珍しく鳴戸がデスクについており、何か雑誌を拡げている。
「親分、おはようございます。あの、なに見てるんですか? 真剣な顔をして……。悩み事があるなら、相談に乗りますよ」
そうやってにこやかに笑んで声をかけると漸く、鳴戸が顔を上げてくれ笑顔になる。
「おう、おはようさん龍宝。いや、悩み事っつーか、俺が見てんのはコレ! じゃじゃーん!! ザ・エロ本!!」
突きつけられたそれは見事に全面一色、女の裸の写真で思わず顔を背けてしまう。
「やっ……! 見せなくていいです!! なんでそんなものっ……!」
「この本なんと、無修正なんだぜ!! すっげえからお前来るの待ってたんだよ。一緒に見ようぜ! ほら、このページとか! 女のアソコ丸見え!!」
懸命に避ける龍宝の眼の前に、しつこく鳴戸がいろいろなページを開いて迫ってくる。見たくなかった龍宝は顔を真っ赤に染め上げながら逃げに入るが、鳴戸は諦めずに本を顔に押し付けてくる。
そして目に入る、男を受け入れるための性器の写真。そして、挿入されているところの写真など。それらを見た途端、大声を張り上げていた。
「それはっ……男の俺への当てつけですか!!」
いきなりの龍宝の怒鳴り声に静まる事務所内。後、ぶわっと涙が湧いてきて慌てて部屋を出て靴を脱ぎ、二階の北側の部屋へと駆けそしてごろんと横になって膝を抱える。
悔しくてたまらない。あれでは、男の自分は用無しと言わんばかりではないか。女の身体が良ければ、女を抱けばいい。そう思う気持ちと、自分以外の誰も抱いて欲しくないという気持ちが綯い交ぜになり、余計に涙が湧いてくる。