あなたの瞳の無垢

 さらに濃厚な口づけを強請ったところだった。徐に部屋の扉がノックされ、一度額にキスを置いた鳴戸は、ドアに向かっている。
 それをベッドの中で見つめる龍宝だ。今は、とにかく身体を横にしていたい。
 すぐにスープはテーブルの上に並び、最後にオレンジジュースのボトルが置かれ、鳴戸が手招いてきたので今度は倒れないよう、そっとベッドから離れ鳴戸に近づく。
 テーブルの上には透き通ったコンソメスープに、コーンポタージュ、それにマッシュルームのスープにかぼちゃのポタージュの四皿が並んでおり、食欲は無いがいいかおりが部屋中に振り撒かれる。
「よし、じゃあ食うか。まずは、小手調べとしてコンソメスープからいくか。飲めそうか?」
「た、多分……分かりませんが、頑張ります」
 スプーンを手に取り、そっと透き通ったスープを掬って口に運ぶ。これなら固形ではないので何とか飲める上、味まで感じなくなっていた舌がスープを美味いと思ってくれることに驚いた。
 これもきっと、鳴戸効果だろう。
「おお、コンソメスープって美味いのね。どうだ、飲めそうか? その調子だと大丈夫そうに見えるけど、無理はすんな」
「大丈夫です、これなら飲めます。実は味も感じなくなっていたのですが、これは美味い。美味いです。……嬉しい……」
 すべてを飲み終わると、それだけで腹はいっぱいになったが鳴戸が次に指定したのはコーンポタージュだった。
 これはかなり固形感が強そうだ。けれど、飲まなければならない。鳴戸と一緒に居るためには、まずは身体作りからだ。食事が摂れなくては、それこそ鳴戸ではないが終わってしまう。何処かで絶対にへこたれてしまうだろう。
 勇気を出してコーンポタージュを口に運び、そして飲み下そうとしたところで急な吐き気がやってきてしまい、慌てて手で口を押えナプキンに吐いてしまう。
「うっ……は、はあっ、ごめんなさい、汚くて……だめです、飲めません。固形感が強すぎて」
「いいさ、時間はたっぷりあるんだ。ゆっくりいこうぜ。ほら、掬え。俺も一緒に飲むから。じゃあ、ポタージュが無理ならマッシュルームのスープ飲むか。こっちの方が未だマシな気がする。いいか?」
 その言葉に頷き、マッシュルームのスープを目の前に置き、鳴戸を見ながらスープを口に運ぶ。
 鳴戸の仕草はかなりゆっくりで、そのタイミングに合わせるようにゆっくりと胃にスープを流し込んでゆく。
「そうだ、その調子だ。美味い? 吐きそうか?」
「だい、じょうぶ……これなら、飲めそうです。……ごめんなさい、親分。俺に付き合わせてこんな……」
「いいってことよ。ほら、冷めないうちに飲むぞ。ゆっくりでいいからな。一緒に飲んでいこうぜ」
 優しい鳴戸の言葉に、涙を浮かせながらスープを掬って胃が拒絶しないよう、ゆっくりとのどに通しそして飲み下す。
 多少、抵抗はあるもののこれも美味いと思って飲めることに対し、さらに瞳に涙が盛る。鳴戸もがっついて飲んだりせず、龍宝のペースを守ってかなり遅い運びでスープを飲んでくれている。
 真心篭ったその優しさに、龍宝は知らず笑みを浮かべてしまい、半分泣き笑いでスープを掬っては口に持ってゆく。
「飲めます、おやぶん飲めます。いけるっ……親分と一緒に生きるための食事が、摂れてます」
「そうだな、えらいぞ龍宝。だが、何回も言うけど無理だけはすんな。でも、ちゃんと飲めてるみてえで安心したぜ。じゃ、かぼちゃのポタージュいってみるか」
 先ほどコーンポタージュを吐いてしまったので少し怖かったが、頷いて見せかぼちゃのポタージュの皿を目の前へと持ってゆく。
 いいにおいは漂っているが、どうだろうか。
 恐る恐るスプーンでポタージュを掬い、口へと運ぶ。だが、このスープはかなり滑らかに作ってあり、するっとのどを通って腹に収まった。少し胃が痛んだが、食べないことには元気にもならない。体力を戻さねば、戦いにも出られないのだから。
 必死になって飲んでいると、鳴戸から声がかかる。
「おい、ピッチ早ぇぞ。無理しなくていいから、とにかくゆっくりを忘れるな。このペースだ」
 見本を見せてくれる気になったのか、鳴戸は実にゆっくりとポタージュを口に運び、口のナカで噛むようにして飲み下している。
 龍宝もそれに倣い、スローペースでポタージュを消化してゆく。
 明らかに、先ほどよりも抵抗感が薄れている。それに喜びを見出し、せっせとスープを飲む龍宝だ。
 ものが食べられることがこんなにも嬉しいことだったとは。
 思わず涙が溢れてしまい、肘をついて額に手を当て、嗚咽を漏らし泣きながらスープを啜る。
「……美味しいっ……すごく、美味しい。あなたと共に生きるためのスープだと思うと、もっと美味しい。こんなに、食い物が美味しいと感じたのは初めてで……なんだか、泣けますねっ……美味しい、美味しい」
「龍宝……」
 かたんと鳴戸が席を立ち、龍宝の元へと歩いてきたと思ったら座ったままぐいっと抱き寄せられてしまい、つい龍宝からも鳴戸の腰に腕を回すと優しく頭を撫でられる。柔らかく、温かなその手は、スープのように優しく、ますます涙腺が緩んでしまう。
「龍宝、お前はよく頑張ったよ。めしも食えなくなるほど悩んでたなんて、知らなかった……そんな俺を、許してくれな。こんなにも追いつめられていたとは、思ってなかったぜ。そっか、死ぬつもりだったんだもんなあ、お前……でも、これからは俺がいるから。安心して、生きていくといいぜ。一生、死ぬまで一緒だ」
「おやぶんっ……!」
 スプーンを持ったままさらにきつく抱きつくと、髪をさらさらと梳かれそしてまた優しく撫でられる。
 大切にされていると思う。
 やっと、鳴戸が帰ってきた。漸くここで、本心からそう思えた気がする。
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