不揃いな息をやさしく包む

 次に目を覚ましたのは、鳴戸の声だった。それも独り言のようなものに近く、重たい瞼を押し開けると、そこには受話器を持った鳴戸の姿があり、内容を聞いてみて驚いた。
 なんと、ルームサービスで食事を頼んでいるらしく、あれこれと受話器の向こう側と話をしている。
 龍宝は大声を張った。
「だ、だめです! いけません親分!! 無駄になりますから、食事はだめです!!」
 すると、鳴戸は一旦通話を止め「連れが何か言ってるからちっと待っててくれ」そう言い、龍宝に向き直る。
「おう、お前なに食べたい? 魚がいいか、肉がいいか。どうせならステーキ食っちまう? 久々の再会を祝してさ。俺はカッターシャツの持ち合わせがねえから下のレストランは無理なんだよな。だからルームサービスでゆっくり食おうや」
 しかし龍宝は頷かず、そのまま身体を起き上がらせて下へ足を置いて立ち上がろうとしたところで、膝から下に力が入らずそのまま倒れてしまう。
 それでも這いずって鳴戸の元へと行き、電話を切ってしまう。
「なにすんだ! なんだお前、腹減ってねえのか? 俺はもうペコペコだぜ。ぶ厚いステーキ食いてえ。お前もだろ?」
 それに、龍宝は力なく首を横に振った。そして、唇を噛んで俯いてしまうと何事かあったのか察したらしい鳴戸がしゃがみ込んできて、そのまま龍宝の両頬を手で包み込む。
「どうした? 怒らねえから言ってみな。その顔色の悪さも、多分その所為だな?」
 恐る恐るこくんと頷き、瞳に涙を溜めながら震える声で話し出す。
「鬼州組に寝返ったと思わせて白藤といるようになったくらいから、食事が……食事を摂る気が無くなってしまって……。いつか白藤の命を殺ってから、殺られるなら殺られるでいいと思っていたので、それから殆ど固形のものは食べていません。ジュースとか、そういうものしか摂っていなくて……だから、多分俺には生きる力というものが無くなってしまったんだと思います。ザーメンの量が少なかったのも、それが原因かもしれません。たんぱく質が圧倒的に足りてないんだと……」
「お前……」
「だって仕方ないでしょう? 俺に生きる気は無かったんですから。ですから、食事はいいです。親分は好きなものを食べてください。俺はその間にシャワーでも」
「黙れ。生きる力って……なんだよオマエは。俺と一緒に生きるんじゃなかったのか。めしはな、基本だ。食えなくなると、途端に元気も無くなれば生きる気力も無くなる。食事っつーのはそういうもんだ。お前も俺と生きる気なら、めしを食え。食って、元気になれ。でないとお前を連れて戦うこともできやしねえ。……何なら食える?」
「……す、スープとか、そういうものなら。けど、肉とか固形のものは多分無理です。吐いてしまう」
「そんくれえ長い間、もの食ってねえのか」
 こくんと頷くと、その拍子に涙がぽたっと床に零れ落ちる。
 その涙を、鳴戸は親指の腹で拭ってくれ、唇にキスが落とされる。
「分かった。スープだな。じゃあそれから始めてみっか。スープ、スープね」
 気を取り直した様子で鳴戸が立ち上がり、もう一度受話器を手に取ってフロントと会話を始める。
「おう、コンソメスープと、コーンスープ、後はオレンジジュースを二人前……あん? コーンスープじゃなくてコーンポタージュ? よく分からねえが、もういい。スープメニュー全部二人前持って来てくれ」
 そう言って受話器を置いた鳴戸を、龍宝は涙滲む目で見上げる。
「おやぶん……腹減っているんでしょう? そんな、俺に付き合うことは」
「いいんだ。一緒にリハビリしようぜ。お前がしょんぼりしてスープ飲んでる眼の前でぶ厚いステーキなんか食えるかい。だから、一緒に頑張ろう。いや、無理して頑張るのもよくないけどな。でも、少しは頑張って欲しいっつーのが本音かな。食え、龍宝。食わねえと元気が出ねえぞ。俺と一緒に戦ってくれるんだろ? だったら、少しでも食って元気になってもらわねえと」
「できるだけ、頑張ります」
 すると、そっと優しく身体を支えてくれ立ち上がったところで脇に手が入り、ベッドまで誘導して一緒に歩いてくれ、そのままベッドに押し倒される。
「身体、だるいんだろ? 頼んだスープが来るまでここでっくりしてろ」
「おやぶんも……」
 そう言って甘えると、鳴戸は笑みながら龍宝の頭を持ち上げて腕枕をしてくれる。嬉しくなり、そのまま抱きつく形で鳴戸に寄り添い、ほうっと大きく息を吐く。
「そうでしたね……この腕の中。安心する……久しぶりに、ゆっくりとこの場所が堪能できるのは嬉しいです。ここにいれば、なにが起こっても安心だと思える。落ち着きます」
 龍宝の言葉に、鳴戸は少し照れくさそうに笑んで身体に腕を回し、そのまま顔を寄せられたので従順に目を瞑ると、唇に真綿の感触が拡がる。
「ん……ん、んン……」
 何処までも優しいその触れ合いに、身体の中心から力が抜けてゆくような、そんな安心感が心と身体を包み込んでくれる。
 何度も触れ合うだけの口づけが降ってきて、角度を変えてのそれに龍宝も片腕を鳴戸の首に巻きつけ、応えるように龍宝からも触れ合わせる。
 するとやってきたのは絶大な幸福感だった。
 鳴戸が傍に居るのと居ないのとでは、こんなに心持ちまで違ってくるものなのか、とにかく甘ったるい口づけによる優しい愛撫はトロトロに龍宝を蕩かしてゆく。
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