夜の胎動を掠めたら螺旋の先を

 喜怒哀楽、どの表情にも当て嵌まらないようなそんな能面のような表情で、声にも抑揚が無くそれでも龍宝の耳には届く音量で、鳴戸が震える声でぽろりと零した。
「……ずっと一緒って、言った俺の言葉、信じられないのか」
「もう、疲れました。甘い言葉で誘われても、この疲れは取れない。誰にも、俺は救えない。例え、あなたでも。さあ、返してください、拳銃を。……渡してください!!」
 大声を張ると、次に出てきたのは滂沱の涙だった。次から次へ涙が瞳から溢れてきて、止まらない。そのまま泣き崩れると、上から小さな言葉が降ってきた。
「……そっか。……じゃあ、俺も死ぬわ」
「え……いま、今なんて……?」
「お前が死んだら、あと追って死ぬっつってんだ。お前の肩には俺の命が乗ってる。それでも、お前は死ぬって言うのか。死んじまうって言うのかって聞いてんだ!!」
「そ、んな……何故そんなばかなことを言うんです!! 俺を追って死ぬって……あなたには未だやることがあるでしょう!? 代紋を護って死んだやつらの分も戦うって、そうあいつに言っていた……それを、俺を追って死ぬってばかなことを……!! あなたにはあなたにかできないことがある!! 止してください、後追いなんて」
 涙でびしょ濡れの顔を上げ、鳴戸を見るとそこには瞳に静かな光を宿した鳴戸が真っ直ぐに龍宝を射抜いてくる。
「だって、仕方ねえじゃねえか。俺は決めたんだ。もう、お前と離れるのは止めるって。俺はお前だ。そんで、お前は俺。どうやら、俺は随分とお前を傷つけちまったみてえだな。そんなになるまで追いつめたのは俺だ。だから、俺も死ぬ。お前が死んだら、俺も死ぬよ。そしたら、一生一緒って言葉は嘘じゃなくなる。そういう約束だからな」
「何を言っているんです……!! あなたは自分が何を言っているか分かっているんですか! さっきも言った通り、あなたにしかできないことをして欲しい! それが、俺の最後の願いなのにそれすらも許さず、俺に生きろと仰るんですか!! こんな世界で!! 汚れ切ったクソみたいな世界で!!」
「そうだ。生きろ、龍宝。俺と、一緒に生きてくれねえか。確かに、世界はクソッタレだよ。それは認める。けどな、自分で手放すほど捨てたもんじゃないぜ。お前は俺に、独りで生きろって言うのか。お前亡くして、なにも無くなった世界で戦って死ねと? それこそ傲慢だぜ」
「……御託はもう結構です。いいから拳銃を返してください。なんと言われようと、俺は死にます」
 ぐいっと右手を差し出すと、そっと手を取られ手の甲へと口づけられてしまい、それに驚いているとそのままぐいっと手を引かれてしまい鳴戸の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「は、離してくださいっ! 俺は、死ぬっ……死ぬんだからっ!! はな、離してください!!」
「離さねえっ!! ぜってーに離さねえぞ。なあ、なんでそんな悲しいことばっか言うんだよ。俺は、お前の中でそれだけの位置でしかなかったのか? 俺の前で死ぬって言ってもいいと思うくらいに俺は軽いか」
「それはっ……」
 そのまま宥めるように背をゆっくりと上下に擦られる。
「俺はさあ、この戦いが終わって生き残ったら……お前とさ、いろんなことをしようって思ってたんだよな。やりたいこと、たくさんあって、それをお前と過ごしながら一個一個叶えていくのが、いつの間にか俺の夢になってた。世界中放浪して歩いてたけど、いつでもお前は俺の心に居て……ここにお前が居たらなんて言うだろうとか、美味いもん食ったら今度はお前と行こうとか、そんなことをさ、考えて俺は生きてたよ」
「おやぶん……」
「けど、お前は死ぬって言う。俺は夢を一個も叶えられないままだ。お前のいなくなった世界で、俺は独りきりで、生きていかなくちゃならねえ。お前こそ、そんな酷なことを俺に強いるつもりか。確かに、俺はお前を傷つけたよ。深い傷を負わせたことは謝る。けど、これからのことを考えてくれねえか。この戦いで、もしかしたらお前は呆気なく死んじまうかもしれねえ。それは俺にも言えることだ。その間まで俺にその命、預けてくれねえか。なにもいま死んじまうこたねえだろ。それとも、もう時間もかけてもらえねえってことか。お前には、そんな時間も勿体ねえか」
「おやぶん……おや、おやぶんっ……」
 必死になって鳴戸の背に回し、しがみつきながら涙を零す。
「なあ、龍宝。……愛してるぜ。俺はお前を、愛してんだ。もうお前には何を言っても届かないかもしれねえけど、だったらこれだけは言っておく。愛してる、龍宝。俺と生きてくれ。死ぬなんて言うな。そんな悲しいことを、これ以上俺の前で言うな。俺の願いは、叶わねえのかな。もう、無理なのかな。遅ぇのかなあ……手遅れ、なのかなあ。だとしても、俺は手を伸ばしたい。お前と手を繋ぎたい。離れないように、繋いでいてやりたい。そんな想いも、傲慢なんかなあ……」
 鳴戸の声は徐々に震えてゆき、龍宝の肩口にぽたぽたと水滴が落ちてくる。
「……泣いているんですか……? 泣かないでください。おやぶん、おやぶん」
「俺はお前が好きだよ。それだけじゃ、足りないんかな。もう充分、お前は欲しいものを手に入れてると思うけどな。なにもねえなんてことはねえよ。お前はもう持ってるじゃねえか。俺の気持ちってヤツをさ、持ってるよ。お前、欲しかったんじゃねえの?」
 すんっと鼻を啜った鳴戸。龍宝の瞳にも新たな涙が盛り上がり、頬を伝ってあごに溜まってぽたぽたと鳴戸の身体の上に流れては滑って落ちてゆく。
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