あどけない瞳で終わりを見ていた

 すると、鳴戸は困ったような表情になり親指で目尻に残った涙を拭い取ってくれる。その優しい仕草に、また涙が零れてゆく。
「……なんで泣く。ずっと一緒だって言ったろ? 嬉し涙か、そりゃ」
「強いおやぶんには、一生分からない涙です。皮肉で言っているわけではなくて、おやぶんには分からない。きっと、俺の考えていることも経験したことに対して感じたことも。誰だって、人は人です。どれだけ深いところで繋がっていても、結局は他人……。俺にしか分からないことも、おやぶんにしか分からないこともあります。そういうことなんだと、思うんです。それが悔しくて……少し、涙が出ました。気にしないでください」
 少し笑ってみせると、逆に鳴戸の表情が歪み優しく口づけてくる。
「淋しいこと……言うなよ。なんだよ、お前嬉しくねえの? この先少ししか生きられなくとも、俺たちはずっと一緒なんだぜ。死ぬ時も、生きる時も一緒なの、嬉しくねえ?」
 その言葉に、龍宝は首を二度横に振りさらに涙を溢れさせてただ、黙った。
 そのうちにだんだんと身体が冷えてきて、正常な体温へと戻る頃、二人はただなにも言わずに寄り添い合ってベッドの中で過ごしていた。
 どちらも会話をしようとせず、ただただ時間だけが無為に流れてゆく。
 龍宝は鳴戸の胸に顔を置いていて、鳴戸の腕は緩く龍宝の身体を包み込んでいる。
 ずっと一緒だと言った鳴戸。その言葉に嘘偽りはないと思うが、独りきりになり過ぎたと思う。鳴戸は、遅すぎた。迎えに来てくれるのが、遅すぎたのだ。
 ふらりと気紛れに居なくなって数年。その数年は龍宝を変えるのには充分な月日で、その間に心が冷たく凝り固まってしまって、まるで氷漬けの世界にいるような年月だった。その中で独りでひっそりと息をして、奮闘してきたがもう無理だと思う。
 立てない。
 例え鳴戸が傍に居てくれても、もう立ち上がることはできない。歩いて行けない。
 静也を殺して自分も死ぬ覚悟でいた龍宝に、明日はもう無い。退路は自分で断った。後は、自分自身で始末をつけるだけだ。
 これ以上、先には行けない。目の前は暗闇で、何も見えないしもう見たくない。唯一の光であった鳴戸の存在も、暗闇に飲まれてしまって見えない。なにも、見えない。
 そっと顔を上げると、鳴戸はどうやら寝ているようで長くは無いが量の多い睫毛が細かく揺れている。呼吸も整っていて、完全に眠っている。
 龍宝はそろりと鳴戸から離れ、バスルームへ向かって歩いて行く。そこに置いてあるのはタオルと、後はバスローブで、シャワーを浴びることも考えたがそれもどうでもよくなり、バスローブだけを羽織って脱がされた洋服を探る。
 そして取り出したのは用意しておいた二丁の拳銃のうちの最後の一丁だった。
 弾は込めてある。後は、撃鉄を上げて引き金を引くだけだ。それで、生きているうちの最後の仕事が終わる。そして、楽になれる。
 拳銃を手に軋まないようにベッドへ座り、片手を鳴戸の頬に押し当ててさらさらと撫でる。
 その安らかな寝顔を見ているうち、涙腺が弱ってきて涙が溢れそれらは頬を伝ってあごに溜まり、ぽたぽたと床に落ちてゆく。
「……おやぶん。俺はもう、疲れました。あなたは強いから、独りでも歩いて行けます。俺が居なくても、あなたは生きていける。今までありがとうございました。あなたを愛し抜けたことが俺にとって誇れるただ一つのことです。……こんな形で別れるのは悲しいですが、あなたは大丈夫。……さようなら、鳴戸おやぶん。愛しています、俺はあなたを。忘れないでいてください、そのことだけに嘘偽りはありませんから。好きです、愛しています。……さ、さようなら……おやぶん」
 正面を向いて目を瞑り、こめかみに銃口を当てて撃鉄を起こす。そして今まさに引き金に指を引っ掛けて弾が出るか出ないかの一瞬の間に、強く手を引かれ弾はドカンと音を立ててホテルの天井に穴を開けて突き刺さった。
「テメエは何やってやがんだ!! なにをしてる!!」
「……おやぶん……」
「どういうつもりだ!! ずっと一緒って、一生一緒って言っただろうが!! それを、オマエ……なにを……何を考えてその言葉を聞いてた!!」
「何故、止めるんです……! 俺のなにも知らないくせに、何故止めたりするんですか!! 死にたいんです、俺は死んでしまいたい!! 疲れたんです。なにもかもに、疲れてしまって……もう、これ以上歩けない。先に進めない!! あなたには分からないでしょう。こんな話しても、強いあなたには分からない。俺はもう、消えてしまいたいっ……!! 死んで、灰になってしまいたい……!!」
「龍宝……お前……なんで」
「だから言ったでしょう、あなたには分からないと。遅すぎたんです。何もかも、遅すぎた。あなたが放浪している間、俺がどんな気持ちで日々を過ごしていたか……淋しかった。分からないことも多くて、かといって誰かを頼りにできるほど俺はできちゃいない。あなたが留守にしている間、そういうことばかりで、いつも迷っては後悔して泣いて、また立って歩いて……独りきりですっとそういう風に過ごしてきた俺の気持ちが、あなたに分かりますか。好き勝手世界を渡り歩いて遊び回っていたあなたに。そんなあなたに、俺を止める権利はない。……拳銃を、返してください。俺は死にます。死を選んであなたと決別する」
 きっぱりと宣言すると、目の前の鳴戸の顔が表情を無くす。
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -