メランコリー、煮詰めて甘く
すると、雫を作っていたあごに鳴戸が近づき、ちゅっと音を立てて涙を吸い取ってゆき、そのままの勢いで濡れた頬へ頬ずりしてくる。「泣き虫は、相変わらず直ってねえなあ。でも、そういうところもかわいいか。なあ? 俺のかわいこちゃん。これからは、ずっと一緒だ。不安なら何度でも言ってやる。これからは、生きる時も死ぬ時も、どんな時も一緒だ。一緒に、居ようぜ。俺とお前のタッグなら、何処へでも行けるさ。なっ?」
その言葉に、無言で涙を零しながら何度もこくこくと頷くと、頭を抱えられさらに擦り寄られる。
熱い頬だ。まるで、高熱でも発しているようなその温度に思わずほうっと甘い吐息をついてしまう。
「あったかい……そういえば、親分はいつの時でも温かかった。そう、この温度だ……安心する、温度です。気持ちイイ……」
「だったらもっと気持ちよくしてやろっか」
そう言うなり、がばっと身体に腕が回り首元に顔が埋められる。
冬の寒さに温かな素肌は心地よく、龍宝を溶かしてゆく。
「あー……このにおい。久しぶりの甘いにおい……。お前はにおいも変わらねえな。何も変わっちゃいねえよ、お前は。優しいかおり。鼻も身体も気持ちイイぜ。サイコーにいい気分になるな、このにおい嗅ぐと」
「お、おやぶん、ちょ、ちょっと、ちょっと待ってっ……あっ……!」
うなじに柔らかく口づけられ、そのまま小さく舐め上げられることで眠っていた官能が少しだけ疼き、身を捩るとまるで逃さないとばかりにぎゅっぎゅと身体を抱いてくる。
龍宝からも鳴戸の刺青を背負った背に腕を回してきつく抱きつくと、やってくるのは絶大な安心感だ。この腕の中に居れば、なにが起こっても大丈夫だと心が言っている。
鳴戸が死んだと聞かされ、独りで立って歩きそしてドンファンとして現れ、またはアラビアン・ナイトとしても助けてくれたが結局、居なくなってしまった。そしてその後も、誰に頼ることも無く独りきりで歩いてきたが、それにも限界がある。
自分の弱さは、自分が一番よく分かっている。分かっているからこそ、弱みを見せないように頑張ってきたが、いずれ限界は来る。だが、鳴戸がいてくれればその限界は越えられる。どころか、手を取って引き摺り上げてくれ、抱きしめてくれる。
龍宝は心からの安堵の涙を流し、逞しく締まった身体にぎゅっとしがみつき溢れてくる涙を拭うこともせず、ひたすらに鳴戸の腕の中で安堵の溜息を吐く。
「おやぶん、おやぶんっ……おやぶん」
「ん、分かってる。ちゃんと分かってるから、無理に言葉にしなくていい。俺は、分かってるよお前のことならなんでも分かってる。無理するな。よしよし、イイコだ。イイコ、イイコ」
丸きり子ども扱いのような気もするが、これで落ち着いてしまうのだから己も大概だと思う。相変わらず、鳴戸にぞっこんだということがいろいろと浮き彫りになってきている気がして、どことなく嬉しいのは何故だろう。
「……おやぶん、愛してるってもう一度だけ、言ってくれませんか……? 俺のこと、愛してるって」
「お前、そんな軽々と口にしていい言葉じゃねえだろ。こういうのは、一回こっきりなの」
「いえ、いま言って欲しいんです。今でないと……心が千切れてしまいそうで。言ってください。おねがいします」
「ん、分かった。……なあ、龍宝。言ってもいいけど俺はな、こんな言葉以上に、お前のことを愛してるんだぜ。言った端から、言葉なんて効力を失って零れ落ちてく。けど、想いは消せない。俺は、ちゃんとお前のことを愛おしいって想ってるぜ。だから、いい加減泣き止みな。先へ進めもしねえぜ」
そこで、顔を真っ赤に染める龍宝だ。先というと、所謂そういった先のことだろうとは思うが、どうにも羞恥が勝つ。
「あ、あの……先って、その……先の、こと? そういうこと、ですか?」
「当たり前だろ。十年以上その身体、抱いてねえんだぜ。存分に抱かせろや。気持ちよくしてやるからよ。一緒に気持ちよくなろうぜ」
「……俺は……多分、無理です。身体が……」
「ん? 身体? 安心しろ、大切に抱いてやっから。無理はしねえよ」
「そういう、意味ではなく……いえ、いいです。もう俺たちにこの先が無いのであれば、あなたの手でめちゃくちゃにしてしまってください。俺も、抱かれたい……熱い身体に、抱かれたいです。親分、俺もあなたが好きです。どうか、忘れないでください、そのことを。覚えていてくださいね。俺がこの先、どうなってもそのことだけは、嘘じゃないってことを」
少しだけ、鳴戸から身体を離しその言葉の意味を考えているであろう、複雑な顔をした鳴戸の唇へと一度だけ口づけ、温みを味わった後、倒れるようにしてベッドへと横になり、両手を拡げる。
「きて……きてください。親分、あなたを愛してる。抱かれたい。俺に……あなたの熱を分けてください。心が凍えてしまうその前に、早く」
「龍宝……!!」
心なしか、鳴戸の眼が潤んでいるように見える。それにつられるよう、龍宝も瞳に涙を溜めると、ゆっくりと屈強な身体が覆いかぶさってきて、まるで包み込むような抱擁をされ戸惑っているとすんっと、鳴戸が鼻を啜ったのが分かった。
「おやぶん……?」
「いや、なんでもねえ。なんでもねえんだ、ただ……俺は、お前のなにも分かっちゃいなかったんだなって、そう思ってな」
「おやぶん……あの」
「いい、なにも言うな。とにかく、身体を静めてえ。話はそれからだ。抱くが、いいな? 加減は、悪ぃがしてやれそうもねえ。……欲情、してんだ。俺はお前に」
どくんっと、大きく心臓が一つ飛ばしで大きく鳴った。