継ぎ接ぎだらけの蠍の心臓

 そして徐に頬を包んでいた手はきゅっと頬肉を抓み上げ、きゅっきゅっきゅっとそのまま抓り続けてくる。あたかも、不機嫌だと言わんばかりの顔つきで。
「おい、勝手に思い出にするなっつーの。俺はここにいるだろうが。お前の傍に居るぞ。もう何処にも行かねえから。そんなに信用ねえかね、俺は」
「信用なんて、あるはずがないでしょう。親分は、文字通り渡り鳥みたいなものだと思ってます。さしずめ、俺は石ってところでしょうか。誰かに転がしてもらわないと動けない……それも、きれいじゃないと簡単に捨てられてしまう。きれいであれば、誰かに愛でてもらえるのでしょうが……」
 どうにも捻くれたことばかりを口にしてしまう。これでは鳴戸にきらわれてしまうと思えど、なかなか愚痴は止まってくれない。
「親分は何処へでも行ける。行ってしまうことができます。けれど、俺には無理です。いつまでもそこに居るしか無くて……孤独と、無力さを噛み締めることしかできなくて、つらい……」
「龍宝……」
「あなたが居なかったその十年間以上はそんな日々の連続でした。俺の思いはいつだって叶うことは無くて……みんな、いなくなりました。俺だけを置いて、斉藤さんもそうですし周りもことごとく死んでいってしまって……いつも俺だけが取り残される。置いて行かれる。そして無様に生き恥晒して、のうのうと息を吸って吐いて……生きている。歯痒いです。俺は、無力だ……」
 すると、剥き出しの背を鳴戸がゆっくりと上下に擦ってくれる。その優しい仕草に、また涙が滲み出てくる。
「俺は、嬉しいけどなあ」
「何が嬉しいんですか!! なんにも嬉しくなんかない!! あなたは何を聞いていたんですか!!」
「いや、お前が生きていてくれて嬉しいって言ってんだ。仕方ねえだろ、お前は強ぇんだから。強いヤツが生き残るのは当然のことで、お前は強いから今まで生き残ることができた。後は、運だな。運も実力のうちっていうだろ。お前は強いよ。強ぇヤツだ」
「なにがっ……! 死んでいったやつらはじゃあ、弱かったと? そして俺が強いって……何処が強いんです! なにが、強いって言うんですかっ……なんにも、強くなんかない……どうしていいか、もう分からなくなりました。俺は、これからどうしたら……」
「俺がさ、いるだろ」
 その言葉はぽつっと龍宝の心に染みを作った。その染みは徐々に広がってゆき、心が温かなもので満たされてゆく。
「お前にはさ、俺がいる。例え、この先に死が待っていたとしても俺は最期までお前と戦って死ぬつもりだ。遺されるのがいやなら、一緒に派手に死に花咲かしてやろうじゃねえか。お前は不満か? 俺が傍に居ても未だ泣くか。いいじゃねえか。どうせ、遅かれ早かれ人間は死ぬんだ。だったら、俺はお前と一緒に死にてえな。お前はそうじゃねえの? 帰ってきたんだぜ、俺は。お前の傍に、いるために戻ってきた。その先のことなんか知ったこっちゃねえ」
「おや、ぶん……それ、本当に……? 俺と、いるために戻ってきたって、本当に……?」
「ああ。斉藤が死んだって知って、すぐにでも戻るつもりでいたけどいろいろ都合があってな。けど、これからはずっと一緒だ。お前は独りじゃねえよ。俺がいる。ずっと、死ぬまで傍に居るから。もう一回、言っておこうな。ただいま、龍宝。帰ったぜ」
 もはや、いま泣かないでいつ泣くというのか。涙が溢れて止まらない。肩を揺らし、必死になって鼻を啜り泣きじゃくっていると、再び背を大きな手が触れ上下に動き、宥めるように擦ってくれる。
 ひくひくとのどを鳴らし、荒く息を吐きながら泣き続けているとふと、額に柔らかなものが押し当たり、それが鳴戸の唇だと知るには時間がかかったが、涙で濡れている両頬にも唇が落ち、最後に戦慄く唇へと鳴戸のソレが押し付けられる。
 長い時間だったと思う。
 少なくとも、龍宝はそう感じた。時折しゃっくり上げる所為で唇が離れるが、すぐにでも追って口づけられ、優しく塞いでくる。
 十年以上ぶりに交わすキスたちは、いつの時も龍宝の気持ちを優しく解してくれる。そして、癒してくれる。
 ささくれ立った気持ちが、トロトロと蕩けてゆくようだ。
 漸く涙が止まり、すんっと鼻を啜って鳴戸の顔をじっと見ると、そこには瞳の中に凪いだ海を宿したような穏やかな光を纏った鳴戸と目が合い、ゆったりとその顔が目の前で笑んでゆく。
 その美しさに見入っていると、両眼に親指が押し当てられ涙を拭ってくれる。その仕草も優しく、また瞳に涙を浮かせると根気よく親指を使って拭ってくれる。
 目の中に涙が溜まり、目の前が輝いて見える。その視線の先には、愛しい人である鳴戸がいる。
「もうっ……離さないで。俺を、独りにしないでください。独りは……もういやです。俺は、道に迷ってしまった。誰かの手を握っていないと……歩けない。親分は、俺の手を握ってくれますか? すっかり弱くなってしまった、俺の手をしっかりと離れないように、握ってくれますか……?」
 すると、鳴戸の手がごそごそと動いたと思ったら龍宝の手を握り、指と指の間に指を入れてぎゅっと力を籠めて握ってくる。
 龍宝が言ったのは物理的なことではないのだが、これはこれで安心すると思う。熱くて龍宝よりも大きな手は力強く手を握ってくれ、さらに涙が瞳に溜まる。
「離さねえよ。もう、二度と離したりしねえから。お前の手は、俺がずっと握っててやるよ。だから、そんなに不安がるな。もう、独りにしない。お前には、俺がいる。……愛してるぜ、龍宝」
「おや、ぶん……」
 すっと、龍宝の瞳から一筋の涙が流れあごに溜まってぽたぽたとベッドシーツの上に零れ落ちる。
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