お熱いのがお好き

 ちらりと視線を送ってみると、もはや何も見たくないのか目を瞑りひたすらに酒を煽っている彼がいて、喉仏が大きく上下し口の端から真っ赤な舌が覗くと唇をちろりと舐めた。先ほど、つい数時間前にあの唇に口づけ、ナカを貪った。あの甘くて柔らかく、湿った感触を今でも鮮明に思い出せる。
 口づけの最中、実は少し薄目を開けて見てみたこともあるが、長い睫毛が細かく震えていてその様にも興奮したことは確かだ。
 いま現在、触っている女の尻と龍宝。比べるまでも無い。もう欲しいものは決まっている。だが、迂闊に手を出してはいけないことも、知っているし分かっている。だからこうして龍宝を連れて女のいる店へ来たわけだが、どうしても龍宝のことばかりを考えてしまう自分に戸惑いが隠せない鳴戸だ。
 大切な子分の信頼を、こんな色事ごときに壊されたくない。と同時に、奪ってしまえという気持ちも芽生えてきている。というよりも、圧倒的に後者の感情の方が強い。奪ってしまって自分のモノにしてしまえば、いつだって彼を抱くこともできれば今まで触れられなかった彼のいろいろなことを知ることができる。と同時に、彼を奪うということは弱みができるということだ。
 考えていると頭が熱くなってくる。
 心底に、見てみたいと思う。色に塗れ、鳴戸の手でぐちゃぐちゃになって善がる龍宝の姿を。
 そんな考えを振り切るよう、鳴戸はおどけて女の胸、谷間に顔を突っ込んだ。かおる、人工的な香水のにおい。ここでも、どうしても龍宝のことを考えてしまう。天然でかおる、あの優しいにおいは龍宝本来の持ち物だ。もっと嗅いでおけばよかった。身にもならない後悔を抱えていると、女の細腕が鳴戸の頭を抱えた。視線を動かして龍宝を見ると眉間に血管が浮かび上がって、不愉快極まりないといった表情で酒を煽ったのが見えた。
「鳴戸さんたらやーらしい! でも、カッコいいから許しちゃう!」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。んじゃ、もうちょっと」
 すると、調子に乗った他の女が龍宝の腕に飛びつくように胸にくっ付けるようにして絡めた。
 途端だった。龍宝がもう勘弁ならずといった勢いに任せ、乱暴な仕草で女の腕を振り解き、テーブルにグラスを叩きつけるようにして置き、またしても大声が飛び出す。
「俺に触るなっ! これは一体、どういうことなんです! 親分は俺をっ……俺、おれの、こと」
「龍宝……?」
「い、いや、なんでもないです。ここは俺には肌が合わない。親分はどうぞ、ごゆっくり楽しんでいてください。俺はここらで失礼します」
 立ち上がった龍宝の両肩は震えており、まるで泣き出しそうな表情で鳴戸に背を向けて出て行ってしまう。
 反射で鳴戸も立ち上がり、懐から札束を取り出してテーブルの上に放る。
「悪いが、勘定はそれで頼む」
 足早に追いかけると、龍宝はちょうど店を出たばかりでその手首を掴み、裏路地へと連れてゆく。抵抗は、もちろんあった。だが、鳴戸はいやがる龍宝を暗がりまで連れて行きそこで漸く解放してやる。
「待てって、龍宝! お前には健全な、なんていうか」
「……いいんです。親分が言っていることは分かってます。初めから、報われようなんて思ってません。ただ、こっそりお慕いしていればそれで良かった。良かったんですが……。欲張り過ぎた俺が良くなかった。店に戻ってください。そして、朝は女と迎えてください。俺は帰ります」
 涙声のそれに、愛おしさが募る。そのまま立ち去ろうとするのを鳴戸は腕を引いて止め、ぎゅっと正面切って抱きしめる。
「傷心のお前を独りで帰すほど、俺は薄情に見えるか?」
「おやぶん……?」
「ホテルをな、取ってある。もしお前が本当に本気なら、朝はお前と迎えようと思う。女じゃなく、お前とだ」
「残酷です、親分は。……その気も無いのに、気を持たせるようなこと……」
「それは、一夜を越えてから言え。ほら、行くぞ」
「ま、待ってください。俺は、いいんです。無理なんて、して欲しくない。無理をさせてまで……この想いを遂げさせようなんて思ってはいません。店に引き返してください。おねがい、です。これ以上、惨めになりたくない俺の気持ちも、分かってください」
 ここまで龍宝に言われて、引き下がる男がどれほどいるのだろうか。『あの』龍宝にこんな気持ちを抱かれ、抵抗できる男も女もいやしないだろう。
 腕の中から抜け出ようと身じろぎ始める身体を、鳴戸はできる限りきつく抱き寄せてやる。
「あのなあ、本当に無理ならホテル行かねえ? なんて言わねえよ。まったく、お前も難しい思考回路してんなあ。ま、お前らしいっちゃ、お前らしいか」
「昼間のことは、忘れます。だから親分も忘れてください。一回の過ち程度です。本番もしたわけじゃないですし」
「じゃあその、本番とやらをすればお前は惨めじゃなくなるのか?」
「それはっ……そういう意味で言ったんじゃなく、ただ怖いのかもしれません。親分は俺にとってとても大切な存在です。それを、自らの手で壊したくない。昼間のことは思い出として大切にとっておきます。それで、いいんです」
「うーん、どう言えば納得して抱かれてくれるんだろうなあ。いっそ、シンプルにいくか! 龍宝、朝までコース、付き合ってくれねえか。とは言っても、強引に連れて行くけどな! もう有無も言わせねえぞ。御託も無しだ。抱かせろ、龍宝」
 途端、暗がりでも分かるほどに真っ赤に染まる龍宝の顔。後、唇が戦慄き出し下を向いてしまった。その頬を包んで掬い上げ、形の良い唇に口づけを落とす。
「行こうぜ、ホテル。ヤることは一つだ」
「……はいっ」

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