Passion〜パッション〜

 その日の晩。
 鳴戸は痛いくらいの龍宝の視線を感じながら酒を傾けていた。この新鮮組の息のかかったバーは鳴戸お気に入りの店で、毎晩とまではいかないがかなり頻繁に通っている店でもある。働いている女性も上物が多く、品もある。
 あまりここに龍宝を連れてきたことは無いが、昼間のことを考えるとここしか行き場がないように思えたのだ。自分にとっても、龍宝にとっても双方ともに、やはり健全な道を歩いたほうがいいと思ってこういった店に入ってみたものの、やはり鳴戸の頭には先ほどの龍宝の絶頂に達した時の顔が忘れられないのだった。
 鳴戸と龍宝が顔を出すと途端、女たちは色めき立ち面積の広い店の中央で女を侍らせ、思い切り酒をのどに流し込む。すると一瞬、くらりと眩暈がしたがすぐに立ち直り硬い表情しか見せていない龍宝に陽気な様子で話しかける。
「こういう店も、いいだろー? 酒は美味いし女はきれいだし」
 すると、低い声で返事をした龍宝の眼は釣り上がってしまい、元が美形なだけに独りだけ迫力のある表情でぼそっとこんなことを言った。
「……どういうことですか、親分」
「んー? いや、お前にも女の良さってやつを教えてやろうと思ってさ。ほーら、おっぱいがたわわ」
「きゃー! いやだ鳴戸さんたらやらしいんだからっ」
 女の後ろから手を回し、大きく膨らんだ両胸を掴んで揺らすとさらに龍宝の表情がきつくなる。これは、完全に怒っている。しかも、かなりの勢いでイラついてもいるようだ。
 仕方なく、鳴戸自ら龍宝に酒を注いでやると、あっという間もなくそれは飲み干され女が騒ぐ。
「龍宝さんお酒つよーい!」
「おいおい、俺だって強いのよ」
「鳴戸さんはちょっと飲み過ぎよぉ。一体どこに入って行ってるのかしら。不思議なくらい飲むわよね」
「それはあれだろ、アッチに行くんじゃねえの? アッチ」
 下ネタがきらいな龍宝にわざと聞かせるように言うと、さらに表情が険しくなる。どうやら不機嫌は全開らしい。
 女は笑うが、龍宝は黙ったまま、また酒を煽り鳴戸を睨みつけてくる。怖くはないが、困ったとは思う。
 そのまま龍宝のきらう下ネタで女を笑わせていたところだった。とうとう我慢できないとばかりに立ち上がり一言。
「あなたには人の心が無いんですか!!」
 その大声に静まり返る店内。後、ざわめきが拡がり侍らせている女も困惑している様子だ。因みに、鳴戸は黙り込み静かに龍宝を見上げた。その視線に、ハッと我に返ったようで言った龍宝の方が言われたような、そんな傷ついた表情を見せ顔を歪ませ唇を噛む。
「龍宝」
 諭すようにそう名を呼んでやると、すぐにでも腰を深く折って頭を下げてくる。
「す、すみません。親分が誰よりも優しい方なのは知っているつもりです。失言です、申し訳ありませんでした」
「いいって、いいって。まあ、座れよ。飲み直しだ」
 女たちも戸惑いながら、そこはプロということですぐに体制を復活させ鳴戸と龍宝の酒を作り始める。
 だがしかし、またしても女たちと楽しく談笑する鳴戸に怒りが湧いたのか、龍宝の鳴戸を見つめる目つきが険しくなってゆく。それが分かりながらも、鳴戸は龍宝を傍へと置いた。確かに、龍宝は魅力的な男だ。容姿にしろ、中身にしろ。だからこそ、健全な道を歩いてもらいたい。
 例え、先ほど己の手管で絶頂に達した龍宝に欲情したとしても。
 そういう眼でいま見てみろと言われれば、それはすぐにでも実行できる。どうやら、龍宝の情熱とやらが鳴戸にまで移ってしまったらしい。
 確かにパッションと言われれば、鳴戸も負けてはいないと思う。でなければ男に手を出すなど、考えもしないところだ。
 あの龍宝が自分に懐いているのは誇らしいことに他ならないし、逆に言えば龍宝を護ることもまた、自分にしかできないことでもあると、自負できるほどには自分の強さに誇りを持っている。その誇りに負けない強さを実際、持ち合わせていることも分かった上でのことだ。
 冷静を装いつつ、いつも無鉄砲で先走りする龍宝に、組員たちも手を焼いていることは知っている。当の龍宝の力があるからこそ、組員たちもなにも言わないでいるが実際のところ、持て余していることもまた確かなことなのだ。
 若さゆえ、では片づけられないことが極道のルールにはある。賢い龍宝のことだ。それくらいは分かっている気もするが、それを窘めるのは親分である自分に権限がある。そうやって根回ししてきて、今の龍宝があるのだ。かわいい子分、そしてこうして昼間のようなことがあるとまた、見方も変わってきている自分を感じる。
 かわいい子分から、妖艶な自分を慕う男という位置に上り詰めようとしているのを感じながら、鳴戸は隣に座る女の尻を触る。
 龍宝の尻は、柔らかいのだろうか。それとも、鍛えてあるので硬いのか。女のふくよかな尻を撫でながらそんなことを考えてしまう自分に驚くと同時に、どことなく仕方ないと諦めてしまう己もいる。
 龍宝のあのように乱れる様を見て正気でいられる男がどれほどいるのか知りたいものだ。それほどまでに、昼間の彼は扇情的で美しかった。

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