はなしはそれからだ

 高級ステーキ店へと到着し、車から降りるとぶわっと風が吹いてきてその生温かさに春の訪れを感じる。この季節の風は、どこか落ち着かない気分にさせると思う。慌てて助手席側へと周りドアを開けると鳴戸が降りてきてポンと、頭を優しく叩かれる。
「お前はんなことする必要ねーの」
「しかし、親分は親分ですし。立場が」
「分かってねえのなあお前は。先日の夜のこと、忘れちまったか?」
 耳元で囁かれ、思わず顔に血を上らせてしまう。こういうことを言われると、過大に期待してしまうからいやなのだ。関係が白紙に戻った時、つらさが増す。
 思わず俯いてしまうと、さらさらと頭を撫でられてそのまま引き寄せられてしまい、肩口へと頭を抱えられてその手は肩へと回りまたしてもぽんぽんと叩かれる。
「お前は、特別。さ、行こうぜ。腹減っちまった」
 龍宝は撫でられた頭に手を置き、それだけでも感じてしまった自分を少し恥じてから、すぐに先に行ってしまった鳴戸を追いかけた。
 店内はそう暗い雰囲気でもなく、照明も程よい落ち着いた感じの店で入るとすぐに店員が席へと案内してくれる。
 二人向かい合って座り、鳴戸はメニューを見るわけでもなく店員にさっさと注文を言い渡してしまう。
「シャトーブリアン300グラム。あとは肉に合うワインを適当に見繕ってくれや。二人分な」
「あ、親分。俺はサーロインが」
「ワインは赤がいいな。よろしく」
 あっという間も無く、店員が追っ払われてしまい龍宝は戸惑いを隠せず鳴戸に言い募る。
「あんな高い肉、悪いです。今からでも注文変えてもらいましょう」
「ばか言え。大丈夫だって、この金は俺の金で勝ったもんだ。どんな使い方しようと俺の勝手だろ? それに、お前に美味い肉食わせたくてな。ボーナスみたいなもんだ」
「それも、特別だから、ですか?」
「ま、それもある。言ったろ? あの夜に、俺は言ったはずだ」
 なにを、と龍宝は聞かなかった。ただただ、顔が熱くなってくる。真剣な表情でそんなことを言わないで欲しい。
 照れを隠すため、レモンの輪切りが落とされたお冷のグラスを傾けると、正面の鳴戸がニヤニヤと笑みながら見つめてくる。
「なんです。俺の顔になにかついてますか」
「いや、お前って改めて見るとキレーな顔してんなって。肌も白いし、いいな龍宝は」
「男にキレイって、それちっとも褒めてませんよ。というより、気にしてるんですから言わないでください」
「きれいなモンをきれいって言って何が悪いんだ? 俺は嬉しいけどな」
「嬉しい? なぜ」
「決まってんだろ、抱く時にキレーなモンを抱いた方が満たされるし、目の保養にもなる。特にお前の場合、イった時の顔がなー」
「やっ、止めてくださいこんなところでそんな話題! あ、あの日のことは忘れてください! は、恥ずかしい。俺も忘れます!」
「忘れていいのか? 本気でそう言ってんのか」
 ぐっと言葉に詰まる龍宝だ。言ってはならない言葉を吐いたのではないか。思わず硬直してしまうと、正面からふっと息を吐く音が聞こえ思わず身体が跳ねる。
「悪い。今のは俺が悪かったな。なんかなあ、お前相手だとどうにも勝手が違って戸惑うな」
「勝手が違う……?」
「商売女じゃねえだろ、龍宝は。そういう女ばっかしか相手にしてこなかったからな。だから、そういう意味で戸惑うって言ってんの。お前はそうじゃねえからな」
「親分……」
 そうしているうち、ワインが運ばれてくる。龍宝にワインの良し悪しは分からない。誘われるがままグラスに注がれるとふと、車を運転して店に来たことを思い出す。
「ワインはちょっと。運転に差し支えが」
「なーに言ってんだ。飲酒運転が怖くてヤクザなんてやってられんぜ」
「それもそうですね」
 くいっとワイングラスを傾けると、美味い酒だということだけは分かった。
 そのままワインを楽しんでいると、肉が運ばれてくる。じゅわじゅわと音を立てて肉から煙が立ち上り、美味そうな香ばしいかおりを発している。付け合わせであるにんじんのグラッセとポテトからも食欲が進みそうないいにおいが漂ってくる。
「折角だし、食おうぜ!」
 鳴戸は豪快にがっついているが、龍宝はそうせず、味わうようにゆっくり食す。折角の肉なのだ。焦って食べては勿体ない。すると、フォークで龍宝を指しながら鳴戸が口を動かしつつこんなことを聞いてきた。
「美味くねえのか、肉」
「いえ、美味いですよ。どうしてです?」
「いやなんか、食うのゆっくりだし顔色も変えねえからさ」
 それに龍宝は少し笑んで、さくさくと肉を切る。
「汚い食い方は下品ですんでね。いくらヤクザだとはいっても、マナーは守りたいと思うんです」
「イイコちゃんだねえ、龍宝は。男はもっとこう、ワイルドじゃねえと」
「親分はワイルドすぎます。でも……それが親分の親分らしいところなんで、俺のことは気にせず食ってください。美味そうに食べる親分は、見てて気分がいいです」
「そんなもんかね」
「はい」
 会計はすべて、鳴戸が持ってくれた。その金額に驚きを隠せなかったが、鳴戸は気にしなくていいと言って店の外に出されてしまった。
 手持ち無沙汰に鳴戸を待っていると、ハッカキャンディを手に外に出てきて一つを受け取り口の中へ入れると、意味深に両腕を後頭部で組んだ鳴戸がちらりと視線を送ってくる。
「この後どうする? なんだったらあれだ、ラブホにでも行くか」
「ラブッ……!? な、なにを考えているんですか、こんな真昼間からっ……!」
「まあ、流れ的にそうだろ。よし、車をラブホ街に向かわせてくれ」
「おやぶん!!」
 龍宝の言い分も聞かず、さっさと鳴戸は助手席に座ってしまい独り取り残された龍宝はしぶしぶ、運転席に乗り込む。
 そして一路、ラブホテルが立ち並ぶ区域へと車を走らせる龍宝だった。

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