ひろあか | ナノ


酒は人を駄目にするという言葉が存在するが違うと思う。元々駄目な人間が酒を飲み酔っ払うことでダメさ加減が露見するだけで、酒は何一つ悪くない。悪いのは全て人間だ。
深夜、人気のないコンビニで片手に持った赤ワインを眺めながら、そういうことばかりを考えていた。

▲▽

高校生の時からずっと好きだった男がいた。爆豪勝己という、今では私のような一般人など関わりようのないプロヒーローだが、以前は同じ学校に通い同じ電車に乗り言葉を交わす仲だった男だ。
いつだったか、混雑する車内で映画のチケットを2枚貰ったからお前も来い。と誘われた───確か王道な学園モノの恋愛映画で、爆豪がこんなピュアな男女の色恋を大きな画面越しに観ている事実が面白すぎて見終わったあとに笑いが止まらなかった───ことがあった。連絡先を交換したのは確かその時だったなと思い出に浸りながら、正気を失う一歩手前のような、それくらい酔った勢いで久しぶりも過ぎる男のアカウントをタップし、トーク画面を開く。

【酔ってて自力で帰れないから迎えに来て】

止せばいいものを。彼女でもなんでもないただの同級生が送っていい内容ではない。
ダメ元で送ったラインは意外にもすぐに既読が付き、次いで【場所は】と返信まで来たため、画面を二度見し悲鳴を上げた。嘘、私のラインまだ持ってたの? てっきり削除なりブロックなりされているとばかり思っていたため、自分で送っときながらどうして、なんで、うわあと焦りが止まらず、今になって脳みそが冷えていく。

直様【嘘です。夜中にごめんね。お休み】と送り再び頭を抱えた。
やっちゃった、最悪だなにしてんだ本当に……卒業して以来接点など何一つないのに、絶対やばい女だと思われたとびしょぬれのジョッキを持ち一口で煽れば、テーブルの上に置かれた携帯が震えだす。友人かと思い画面を見ればなんと好きな男から電話がかかってきているではないか。
酒が見せる幻覚かと一瞬思ったが、生憎酔は覚めかけている。もうどうにでもなれと半ばやけくそになり通話ボタンを押すと普段テレビで聞くより低い声で『今どこだよ』と聞かれ、本当にあの爆豪からの電話なんだと、心臓も声も手も震えだす。

『え、っと、■■■■の■■って店の前です』
『……、15分くらいで着くわ。適当にコンビニ探して中入って待っとけ』
『あ、はい』
『ん』

切られてしまった。
興奮からか顔面が熱い。手のひらで両頬を包むとまたもや通知が。見ると爆豪からで、付近のコンビニの住所が送られてきているので本当になに、優しすぎ。ヒーローだから?! と混乱しながらもありがとうと返信し、残っていた唐揚げを口に突っ込み急いで支払いを済ませ送られてきた住所へ向かう。
本当に来てくれるのだろうか、多忙な男が、たかが酔っ払い一人のために?

待っている間コンビニの中で一番高そうなワインやツマミ、それから爆豪が好きそうなものを適当に選んでいくと不意にカゴが奪われる。振り向くと黒いTシャツを着て同じく黒色の帽子を目深く被りマスクをつけたガタイのいい男が立っていて小さく悲鳴を上げてしまうがすぐに謝罪する。暗くて見にくいが男の赤い瞳には見覚えしかなかった。意中の相手である爆豪だ。流石プロヒーロー、きちんと変装をして迎えに来たのか。感心していると何故か鼻で笑われる。

「俺に連絡してくるくらい酔ってンのにまだ飲みたりねえのかよ」

カゴを持っていない方の手で中に入っているワインを掴んだ爆豪は目を細めそれを眺めている。

「や、ちが。これは爆豪に、……その、お詫びとして」
「なんの」
「ほら、爆豪はヒーローだし、酔っ払いを見捨てられなかったから来てくれたんでしょ……。申し訳なくて」

声を潜めて言うと舌打ちをされ、無言でレジに向かってしまうので慌てて追いかける。コンビニの酒程度で侘びになると思っているのかと呆れられたのだろうか。酔った勢いとはいえ好きな男を困らせた挙げ句呆れられるとは。酔はとっくに覚め、好きな男に嫌われてしまった恐怖からか身体は冷え切っている。時間を戻せるなら戻したい。酒など二度と飲まないし、爆豪の連絡先も消すだろう。関わりは一切消えるが嫌われてしまうよりマシだ。

レジの前で侘びなのだし、払いはさせてくれと言ったが素気なく無視をされてしまい叶わなかった。項垂れ感謝を述べるも返事はない。気まずい空気の中駐車場まで歩いている。
そこまで距離はないものの、無言のせいか永遠にも感じられた。このまま一生着かないのではと思うほどに。

「本当にごめんね、お金……倍にして返します……」

爆豪の踵を無心で眺めながら呟くように言えば「借金みてーに言うな」と笑われるので僅かに空気が軽くなり安堵する。

「4番だって」
「おー」
「いくら?」
「百万」
「えっ」
「ウルセー。財布しまっとけ」
「でも」

駐車場につき、真っ赤な四駆の前に書かれた番号を読むとそう返された。都会とは言え数十分で百万も取るものかと誂われたことにむすっとし、爆豪のもとへ向かい精算機の液晶を覗こうとすればちょうど支払いが済んでしまったようで真上から「行くぞ」と声をかけられてしまう。

「ありがとう…」
「どう致しまして」

居た堪れない気持ちのまま後をつければ爆豪が運転席とは反対側に周るので小首をかしげる。

「え、免許は持ってるけどお酒入ってるよ、私」
「誰が運転しろつった。乗れ酔っ払い」

言うなりドアを開け顎をしゃくられる。紳士的行動に驚きながらも「何からなにまですみませんこの御恩は一生忘れません」と大人しく助手席に腰を下ろせば、顎下までマスクを下げた男は眉を潜め、こちらを睨むように見つめた後静かにドアを閉め、しばらくして運転席に乗り込んだ。

さっきから思っていたが、この車、とても好い匂いがする。無意識に鼻を鳴らしていたようで点滅する赤い光に照らされた爆豪はくつくつと喉を鳴らし口角を上げている。

「ご、ごめん。好きな匂いだったからつい」
「犬かよ」
「本当にいい匂いだから……。匂いといえば、爆豪もいい匂いが」

慌てて口を噤むが後の祭り。最悪なことはまだ続くのかと唇を手のひらで抑え、羞恥で熱くなる顔を隠すように俯く。スカートの模様が歪に見えるのは涙が滲んでいるせいだ。
酔も覚めとっくに素面のようだというのに、この口はペラペラと余計なことばかり喋る。さっきの言葉は、まるであなたが好きだと言っているようなものだ。どうしよう、いやどうしようもない。そもそも事実であるし訂正のしようがないのだから。

信号が変わったのか静かに動き出す車に早く家に着いてくれ、そして私を一人にしてくれと祈りに似た思いを込めるがもちろんそんなもの無意味だ。……あれ、というか。そういえば爆豪に自宅を教えていない。ではこの車は一体どこへ?
羞恥と疑問がせめぎ合い未だに顔を上げられない。
おまけに先程の発言に対しての反応もないのだから、確実に終わった。やばい女だと間違いなく思われた。多忙な男を呼び出し、すべての支払いを任せ、下心を剥き出しにするやばい女だと。死んでしまいたい。このまま飛び降りてしまおうか───

「みょうじ」

突然低い声に呼ばれ、ドアに伸ばしていた手を引っ込めおずおずと顔を上げた。

いつの間にか公園の駐車場に車を止めていたらしく、爆豪を捉えた視線の向こう側で頼りない街灯が小さな滑り台を照らしているのが見えた。家の近くの公園によく似ている。

「侘びつったな、あれ」
「う、うん」

後部座席に置いたコンビニの袋を指しているのだろう。頷き、身体を爆豪の方へ向ける。

「要らねえ」
「他にほしいものがあるとか……?」

私の給料で買えるものならいいけど、と眉を顰めれば、薄い唇を一文字に結び逡巡しだしたのでどんな高価なものなんだと内心怯える。音楽が好きな男だ、高級なスピーカーとか……? 一体幾らするんだろう。そこらへんに全く詳しくないが私の想像している価格の倍くらい余裕でするんだろうか……。
勝手な思考を巡らせていればシートの擦れる音で現実へ引き戻された。

「な、なに?」

上擦る声が情けない。しかしハンドルに両腕を乗せ、上体を被せるようにしてこちらを見つめている想い人を前にして冷静でいられるはずがない。吃らなかっただけ褒めてほしいくらいだ。
爆豪は私の焦りなど気にせず、数度緩慢に瞬きをして「ある」とだけ答えた。
あまりにも真剣な口調だったためやはり高価な……なにかなんだろうと意を決し尋ねようとした矢先、「なんで俺だった」という言葉に遮られてしまう。

「迎えを頼んだこと……?」

顎を引かれ、「いんだろ、他に適任が」と含みのある言い方をされてしまうともう駄目だった。

「い、いない! だってずっと、ずっと……爆豪のことが好きだったから、そんな人いないよ」

爆豪の瞳が大きく見開かれ、薄く開いた唇からひゅっと隙間風のような音がもれる。
後悔はない。それどころか、爽快感すらある。言ってやったぞ! どうだ、過去の私! 見ていたか。見ていたら、どうか成仏してくれ。

こんなことを口走ったのは酒のせいでもなんでもなく、愚かにも腐らず心の奥で生き続けた恋心のせいだ。帽子もマスクも外した素の男の顔を見ていると、長いこと終わらせることのできなかった恋心があっという間にぶり返し、自分では止めようがなかった。
どうせとんでもない女だと思われているのだから、今日が終われば関わりも消えてしまうだろう。欲しいものだって何でも自分で買えてしまう権力と財力のある男のことだ、詫びなど軽い冗談を言っているに違いない。
どうせ私自身では成仏などさせられない。どうせ終わるなら好きな人に殺されたい。勝手な思いを抱くが一向に止めは刺されない。それどころか

「……俺が本気でお優しいヒーローだからわざわざ酔っ払いのテメーを善意だけで拾ったと思ってんのか」
「え、」
「言っとっけど、そもそも俺は恋愛映画なんざ死ぬほど興味なかったンだわ」
「え、なに、本当に」

先程までの動揺はどこへ。突然強気な態度を見せてきた男は突き刺すが如く鋭い視線で私を見つめ、舌を打ちそうな雰囲気まで漂わせている。
一体なんの話をしているんだと困惑するなか、爆豪はハンドルから身体を離し座席にふんぞり返るように背中を預け、鼻を鳴らした。

「詫びならテメーを寄越せ。そんで全部チャラにしてやる。ンなクソみてえな時間に呼び出したことも、3年も連絡してこなかったことも全部だ」
まるで偉そうな社長のような態度で告げられた言葉に頭が真っ白になり、呼吸が止まる。
嘘みたいな話だった。私の好きな人が私を欲しがっている。あの爆豪勝己が。それも3年間私から連絡が来るのを待っていたらしい健気な姿勢に胸が打たれ、苦しく───「息しろ、死にてェんか」

「ふっ、は、ッや、だって、現実とは、思えなくて」

苦しいのは当然だ。男に言われた通り息をしていなかったのだから。驚きのあまり呼吸の仕方を忘れていた自分に呆れつつ、必死に酸素を取り込む。勢いが良すぎたせいかいい匂いが鼻腔を埋め尽くし、なんとも言えない気持ちになる。

「現実だわ、受け入れろ」

自惚れでもなんでもない、間違いなく慈愛の籠もった瞳を向けられ、私という人間は、ほしかったものが手に入った瞬間に強気にでてしまうようにできているのだと思った。

「ねえ……あげるから、私も爆豪がほしい」

切実な、3年の重みを乗せた言葉に怯むことなく爆豪は得意げに笑い、シートベルトを外したかと思えば瞬きの間に私の首裏に片手を回し、熱い胸の中に引き寄せると耳元で囁いた。

2022’0808




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