ひろあか | ナノ


※その愛を、のifみたいな…

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突出した何かがあるわけでもないのにやたらと目を引く女だと思った。
クラスが同じだったこともなければ話したことすらない。体育の合同授業で同じ空気を吸っただけの赤の他人である女だが、授業中ふと校庭を眺め下ろした時に真っ先に目に入り、気付けば追っている。
そんなだから俺はそいつの声と、クラスメイトに笑いかける顔、それから球技が絶望的に下手くそなことくらいしか知らなかった。知らなかったのだが、今回の合同授業で、いや薄鈍い女のせいで関係が僅かに変わった。

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最近、やたらと視線を感じる。誰かに見られているのだと思い近くで手持ち無沙汰に土を蹴る友人に相談したら腹を抱え笑われてしまった。そんな、女優やアイドルじゃあるまいし。そう言い私の肩を叩く友人に曖昧に頷き、自身にもそうだ、私のような一般人が誰かに見られているなどと何を。自意識が過剰なだけだと無理矢理納得する。

コートの反対側が騒がしい。誰かが点を入れたらしい。
今私たちは合同でサッカーをしている。普段は関わりのない人たちとチームを組んでいるのだが、こちら側には全くボールが回ってこないどころか味方チームの男子がボールを占領しているため、暇で仕方がない。そのため少しよそ見をしたところで罰は当たらないだろうと思い讃えられている人物を確認しようと首を捻ったのがいけなかったのか。

「みょうじ! 避けろ!!」

複数のクラスメイトに名を叫ばれ、え、と思った時には既にサッカーボールが額を直撃し、視界に青空が広がっている。痛みと衝撃で涙が滲む。このままでは体勢を立て直す術もなく、後頭部から地面に倒れてしまう。それも秒読みだろう。瞬時に諦め固く瞼を閉じるがいつまで経っても衝撃はやってこない。おまけに、二の腕と背中に温もりを感じる。辺りも先程までの騒がしさが嘘のように静まりかえっている。
不思議に思いそっと瞼を持ち上げ、言葉を失った。言葉どころか、呼吸すらままならない。
ここだけ酸素を失ったかのように苦しいのは、私が無意識に息を止めているからだと気づく。何故なら、精悍な顔つきの男が真上から私の顔を覗き込んでいたからだ。
赤い瞳は炎を落とし込んだかのように熱烈で、最近私が感じる視線に似ている。

「ドンクセー。つうか息しろや、死にてェんか」

息が鼻頭を掠める距離でこちらを見下ろす男───もとい爆豪さんは、不機嫌さを露骨に主張するように舌打ちをし、ぎりぎりと二の腕を握る力を強めて、あれ、二の腕。どうして握られているんだろう。そしてなぜ彼がここにいるのだろう。さっきまでコートの反対側にいたはずでは、

「……いつまで支えてりゃいいんだよ」
「ひっあ、ごめん、ごめんなさい、すみませんすぐ立ちます」

はっとし、空気を肺に押し込め返事をするも男子に腕と腰を触れられているという状況に頭が追いつかず、何度も謝罪を繰り返すロボットに成り下がる。
同級生相手に敬語を使ってしまうのは爆豪さんの醸し出す威圧的な雰囲気のせいもある。助けてもらっておいて失礼な言い方だが形相が凄まじいためどもりも激しくなる。そのせいで2度目の舌打ちをされてしまい余計恐縮する。完全な悪循環だ。
恐怖で体が固まり無駄に向き合い、見つめ合うという謎の状況に陥ってしまう。
これをクラスメイトどころか隣のクラスにも見られていると思うと心臓が飛び回り耳朶までじくじくと火照っていく。
早く退かねばと思う反面、やはり体は動かない。ここまできたら爆豪さんがうまいこと立たせてくれないかと滲んだ瞳で訴えかければ「触んぞ」と諦めにも似た溜息と共につげられ、既に触っているのでは? と半ば混乱したまま顎を引けば身体が浮遊した。信じられないが抱き上げられたのだ。同級生の、彼氏でもなんでもない男に。触んぞ、というのは持ち上げるぞという合図だったらしいが伝わるはずがない。
爆豪さんという人間をあまりよく知らないが、こういう、お姫様抱っこなるものを平然とやって退けるような人がこの世に存在するのだとまた一つ学んだ。乱暴で粗暴そうな見た目とは真逆の対応に惹かれる女子はさぞ多いのだろう。

ぐちゃぐちゃの思考のまま、寄せられる好奇や嫌悪の視線に気づき今更ながらか細い悲鳴をあげ顔面を覆う私を鼻で笑った爆豪さんは大口を開け目を見開いたまま微動だにしない先生に向け「こいつ保健室に連れてく」とだけ言い進み始めた。
相変わらず顔面から手を離せない私は、背中と膝裏に他人の熱を感じながら、背後で湧き上がる悲鳴や冷やかしの言葉をただただ無になって聞いていた。




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