ひろあか | ナノ


「おら寝坊助さっさと起きろ、山行くぞ」

勝手に部屋に入ってきたらしい勝己くんがドシドシベッドを蹴りながらそう言った。
言葉を返す気力もないまま薄目で時計を見ると時刻は午前2時26分だ。風に捲られて時々見える空はまだまだ暗い。

「2時だよ、丑三つ時」
「山登んだよ」
「……鬼」

勝己くんは二度寝しようとする私を抱きかかえてベッドから離すと、服を脱がした。動くのも億劫でされるがままの私は、勝己くんが選んで買ってくれた登山用のウェアに身を包んでいた。

「本当に行くの、山。丑三つ時に」
「行くんだよ丑三つ時に」

まだ半分以上夢の中にいる私は船を漕ぎながら「そっかぁ」と返した。
勝己くんは静かになって、また私を抱きかかえて歩き出した。

「ヒッつめた!」
「目ェ冷めたか」
「冷めた!けど、強引だよ」

勝己くんの腕の中で寝ていた私はいつの間にか一階の洗面台で雑に洗顔されていた。7月だが水道の水は冷えていて、一気に目が冷めた。

「鬼だね勝己くん」
「俺を鬼にさせてんのはお前だけどな」

したり顔で歯ブラシを手渡わして来たので仕方なく一緒に歯を磨く。その間にもグラグラ倒れそうになる私を勝己くんが支えてくれてやっとの思いで立ってられる。
歯を磨き終えたら手を引かれて靴を履かされる。それから手を引かれて寮を出た。勝己くんは半寝の私に「先生には許可取っとるから心配すんな」と言われたけどお休み中の私の脳みそはそこまで頭が回っていなくて、また「そっかぁ」と返した。


将来の事を話そう、特別な景色の中で


手を引かれるまま歩いていると、なんと電車に揺られていた。うとうとしながら隣に座る勝己くんを見ると大きなリュックを背負って私と色違いで買ったウェアを着ていた。似合ってるなあ、かっこいい……。勝己くんは私なんかのどこを好きになったんだろうか、見た目も中身も普通で、いつもボヤッとしていてノロマな私のどこを。
バスがとまった。

「降りるぞ」
「わかったぁ」

片手で口を塞ぎ欠伸をする私を見て隣にいる勝己くんの肩が揺れる。笑っているな、失礼な人だ。

未だふわふわした頭のまま勝己くんの手を握ってついていく。暫く歩くと【登山入口】の看板が見えた。

「わー、眠ってただけでここまで辿り着いた」
「寝てたら勝手に着いたみてェに言うな。俺が連れてきたんだよ」
「ま、まあ寝てたら勝手に勝己くんに連れてこられたって感じだけどね」

へへへと笑うと睨まれた。

「腹減ってっか」
「まだ減らない」
「減ったら言え。弁当持ってきとる」

流石用意周到だなあ、感心しているとスタスタ歩き出すのでまた追いかける。ちらりとスマホを見ると3時47分だった。

「五寸釘落ちてない?大丈夫?」
「落ちてんじゃねェの、丑三つ時だからな」
「2時半過ぎたから丑三つ時終わったみたい。けど人を呪わば穴二つだよぅ……」
「藁人形打ち付けてるやつに言え」
「い、言えるわけないじゃん、恐ろしい」

既に20分は経っただろうか、グダグダ喋りながら息を切らす私とは正反対に随分余裕そうな勝己くんが「辛ぇなら肩貸す」と優しさを見せてくるので、不意に心臓を掴まれる。

懐中電灯に照らされる足元に五寸釘は一本も落ちていない。ホッと胸をなで下ろして正面を向くと【頂上】の標識が見えて、間抜けな私の「あれ、もう着いたの?」の声に「着いた」とあっさりした勝己くんの声が返ってきた。

「へー疲れたけどそんな過酷じゃなかった」
「足元ばっか見てたからそう感じンだろ。五寸釘探し過ぎなんだよ」
「バレてた?ここで丑の刻参りしてる人いないみたい」
「ハッオカルトオタクが」
「オタクじゃないし…」

鼻で笑う勝己くんを無視して汗を拭うと、大きなリュックからペットボトルを抜いて私に投げてきた。

「ありが……わっ、」

無事受けれた私の視線の先に、夜が明けて日が登っていく様が写っている。辺りはあっという間に光で包まれ隣でカチッと懐中電灯を消す音が聞こえた。

「きれー!凄く、きれいだよ、勝己くん」

どうしてこんなにも綺麗なものを私に見せてくれるの。 勝己くんはどうして私の事が好きなの。どこが好きなの、本当に好きなの?
付き合ってからずっと聞けなかった言葉が重さだけを増して心に溜まっていく。それが辛くて昨日送った【別れよう】の文字を思い出して涙が滲む。
勝己くんはどうでもいい人をわざわざ朝の3時に起こして日の出を見に来たりなんかしない。少ない休日を使ったりしない。答えは出ているのに、どうして不安になんか、

「ンなもん何度も見せてやるわ」

「だからなまえ、別れてェなんて言うな」

勝己くんはいつもより数段低い声で言葉を落として、それから私を抱きしめた。
それが嬉しくて、肩口に頭を預けると「重てぇ」なんて弾んだ口調で言われて二人して顔を上げる。わずかに充血した勝己くんの瞳は濡れていて、すでに半分顔を出した日の出に照らされてキラキラ光っている。

「勝己くんのこと泣かせちゃった、ごめんね」
「責任取れや」
「へへへ、将来のことは勝己くんが作ってくれたお弁当食べながら話そっか」

そう言うと分かりやすく表情の晴れた勝己くんが4段くらい重なった大きすぎる弁当をリュックから出して、張り切って作ってくれたんだなあと愛おしさで今度は私の頬がキラキラと輝いた。




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