とーきょーまんじ | ナノ


20210925

つい先日設定したばかりの着メロが騒々しく鳴り響いて、わたしは夜中の2時半に叩き起こされた。苛立ちながらも腕を伸ばし電話に出ると、明るくつくつ笑う低い声が耳に滑り込んできた。

『なまえちゃん今から出れる?』
『......ん、うん?』

それから、電話の主はまた笑って『寝惚けてンの? かわいー』と言うので私はむすっとした。どうせ、からかっているに違いない。半間くんなんて誰にでもへらへらと可愛いね♥ をばら撒いているんだ。安い男め。

『なに、寝てたんだけど』
『だろーな。なぁ、今から出れる?』
『......はぁ。パジャマでいい?』
『いーよ。下で待ってっから』
『はーい』

電話は直ぐに切られた。仕方がないので泥のように重い身体を起こして箪笥を開けて適当な靴下を履いて、中学の体操服を着たまま親にバレないように、そーっと、静かに摺り足で居間を抜けて、言われた通りスニーカーで外に出た。すると、ドアの真横に蹲み込んでいたらしい半間くんが、暗闇からぬっと立ち上がり一瞬でわたしを包み込んだ。そしてそのままわたしを抱き上げてあっという間にアプローチと門扉を通り過ぎて敷地外へ連れ出されてしまった。
すぐに下されてまた抱き締められると、安物のベロアが頬を擦って痛い。長い腕はぐるぐると塒を巻くように絡んで、鼻腔いっぱいに苦くて煙たい煙草の匂いが広がる。これは、もう服とかではなく半間くんそのものに染み付いてしまったものだ。

「なまえちゃんおせーから、しゅーじくん寂しくて死ぬとこだったぜ。責任とって♥」
「ふ〜ん。寂しくて本当に死んじゃったら責任とってあげる。それで、用件は?」

半間くんはわたしと会えないくらいじゃ死なない。1週間、1ヶ月、1年、いやもっとずっと会えなくたってピンピンしてるだろうに、彼は時々全ての光を拒絶するように、いつもはぎらぎらしている金色の瞳が真っ暗闇のブラックホールみたいになって"なまえちゃんに会えないと死ぬ""なまえちゃんが死んだらオレも死ぬ"と仄かしてくる。病みとは無縁そうな彼がわたしを理由に死ぬなんて有り得ないと思うけど正直あの目は怖いからやめてほしい。
思い出して身震いしたら、ぎゅうっと抱きしめられた。半間くんの身体は脂肪を全部削ぎ落としたみたいに薄っぺらくて筋肉がちょびっとあって、それから殆ど骨張ってて痛いし、体温は私よりずっと低くて抱き心地は最悪だ。それなのに何故かこの腕に抱かれると酷く安心してしまう。好きなんだよなあ。こんな人好きになったって幸せになれなさそうなのに。

少しだけ半間くんの身体を押して隙間を作って、閉じ掛けの目を擦る。身体はゆらゆらと不安定で、無理矢理立たせている様なものだ。半間くんが腕を解くとあっという間に倒れてしまいそうなくらい。

「なまえちゃんちっせーしあったけーな」
「半間くんは細くてつめたいね」
「好き?」
「……うん?」
「細くてつめたいオレのこと、好き?」

うん。そう言おうとしたら欠伸が出て、大きく開いた口を手で隠すと珍しく不機嫌そうな顔をした半間くんが腕を解いて、わたしの頬っぺたを摘んできた。ぷにぷにと指先で感触を楽しみながら何度も伸ばして戻してを繰り返す。半間くんはひょろいクセに握力が馬鹿のそれなのでめちゃくちゃ痛い。

「なに、なまえちゃん、オレのこと弄んでンの? そうだったら、このままめちゃくちゃに抱いて殺しちまうかもしんねーよ」 「……こわいひょ」
「オレのこと好きって言ってよ」
「す、すひへふ」

死を仄めかす時と同じ真っ暗闇のブラックホールみたいな瞳でわたしを見下ろしていた半間くんが、無理矢理言わせた好きを聞いて安心したのか摘む手を離してくれた。
完全に恐喝だ。卑怯だ。そして、半間くんはやっぱり馬鹿だ。こんな脅ししなくても、そんな目をしなくても、わたしは半間くんのことが好きだし、正直抱かれたっていいと思っているのに。それでもやっぱり、綿菓子より軽い半間くんの好きや可愛いが信じれなくて、いつまで経っても素直に言えないけど。

ちかちか点滅する外灯に照らされて気付いたけど、半間くんの足元には膨れたビニール袋が置かれている。なにそれ?と首を傾げると思い出したようにあぁ、と言って投げてきた。突然なことで上手に受け取れず袋から中身が飛び出して頭に降ってきた。半間くんはどんくせーなと笑う。
若干腹を立てながら頭からずるりと布を引っ張ると、さっきまで頬に当たっていたベロア生地と全く一緒で顔を顰めた。

「……うん?ジャージ?」
「そ♥ お揃いだぜ。早く着ろよ」

渡されたのは半間くんが今着ているジャージの色違いのようで、中々に趣味の悪い蛍光ピンクのヒョウ柄だ。これを今から……着るのかと思わず変な声がでた。因みに、半間くんは紫のヒョウ柄。 急かされるままに体操服の上から着てみると、キ○ちゃんのスリッパが似合いそうな感じになってしまった。半間くんは満足そうにちょー似合ってる。と言うが、わたしは今すぐにでも脱ぎたい気持ちでいっぱいだった。

「どこ行くにも着てな」
「あ、いや…それはちょっと。……そういえば、どうやってウチまで来たの? バイクないけど」
「なまえちゃんの親起こさねーように遠くの公園に停めたの♥ 偉くね? オレ」
「凄い……偉いよ、半間くん! 今までで1番偉いよ」

あの半間くんに他人を起こさないようにという気遣いや思い遣りがあったことに心底驚いたわたしは、感動のあまり半間くんをしゃがませ髪を混ぜっ返した。
わしゃわしゃと犬猫でも撫でる手付きで何度も掌を往復させると、半間くんがわたしの腹に顔を埋めてぐりぐり擦り付けてきた。

「ばはっ、なまえちゃんの匂い」
「嗅がないでよ……」
「やーだ。もっと撫でて」
「なんか...大きい赤ちゃんみたいだね」
「赤ちゃんになったら毎日撫でてくれンの? いっぱい好きって言ってくれンの?」
「発想がなんか……まあいいや……。そんなに好きって言ってほしいの?」

長い腕を腰に回して引き寄せた半間くんが、更にお腹に顔を埋める。ジャージ越しにもごもご動くから、生きているなあ、と思った。

「言われてーに決まってンだろ。なまえちゃんはオレを誑かして弄んで、骨抜きにして捨てる気なんだろ。そんなんぜってー、許さねえからな」

そう言いながら顔を上げた半間くんの瞳は熱を孕ませてぎらぎらと不気味に光っている。さながら肉食獣の様で、喰い殺されてしまいそうな迫力があった。

「半間くん、本当にわたしのことが好きなんだね」
「は? まじ? 今更気付いたん?」
「ごめんなさい......。あと、わたしも、半間くんのことが好きです...」

今まで好意を疑ってごめんなさい。僅かに罪悪感が芽生えて、言葉尻がどんどん小さくなっていく。居心地の悪さから半間くんの顔を見れずにいると、大きな溜息が一つ、溢されて身体がびくついた。どうしよう、もしかして愛想尽かされた...?そう思っていたのに

「今サイコーに幸せだわ、オレ。死んでも好いくれーに」

わたしの不安とは裏腹に、視界に映った半間くんはどこまでも真剣で、嬉しそうで、でもどこか暗い。もしかして、もしかすると、今まで仄かしてきた死は冗談なんかではなく本気なんじゃないかと思う程に。

「半間くん、好きだよ」
「オレもなまえちゃんのこと好き。すげー好き」
「半間くんになら、抱かれたっていいよ」

だからそんな顔しないで、もっと喜んでよ。

その瞬間、切れ長の目を信じられないくらいに大きく見開いて、わたしから離れて歩き出したかと思うと拳で思い切り壁を殴りつけた。なんだなんだ、奇行すぎる。
鈍い、聞いた事もない音がして半間くん?!と叫ぶと、だらりと腕を降して顔を顰めた。痛かったらしい。

「夢じゃないん?」
「現実!手!血出てるじゃん!」
「まじかぁ...。なあ、抱かせてくれンの?」
「何回でもどうぞ?!!それより血が」

言い切らずに言葉を飲み込んだのは、目と鼻の先に熱を孕んだ双眸があったからだ。半間くんは屈んで、緩慢な動きでわたしの頬に手を添えて顔を近付けて、ゆっくり唇を合わせる。初めてのキスはレモンの味なんて言うけど、わたしと半間くんのそれは苦くて、少しだけ甘い。
それから半間くんの薄くてカサついた唇が何度も啄むように上唇と下唇を吸って甘噛みを繰り返すうちに、息の仕方が分からなくなってとんとん半間くんの肩を叩くと、ちゅっと可愛い音をたてて離れていく。
ぷはっと息をすると、半間くんが嬉しそうに、慈しむように目を細めて鼻先を擦り合わせた。さっきまであんなに熱かった唇は外気に触れた途端、すっかり熱を失ってしまった。

「今はこれだけな。なまえちゃんちっせーから、挿れたら死にそう」
「死なないよ。セックスで人が死んだなんて、聞いたことない」 「死ぬんだよ。なまえちゃん、輪っか作って」
「こう?」
「もーちょい広げて」
「んー、どう?」
「そ。そんで、見て。こんくらいの長さ」

半間くんは両手を15cm? それよりもう少し大きく開いて見せると、ゆっくり親指と人差し指で輪っかを作り、その中に指を数回抜き差しする。

「うん?」
「オレのちんこ♥」
「はっ、あ?! 半間くん、さいてー!」

ちなみに、なまえちゃんのそれは太さな♥ そう隣でにやつく半間くんが、急に真剣な顔をしてわたしの腹より少し下を撫でた。手付きがいやらしいのに優しくてあたたかくて、腹の底がきゅぅっと切なくなる。

「確かに…大きくて、死ぬかも…」
「だろ? オレ、なまえちゃんのことすげー大切にすっから、大人になるまでセックスは我慢するよ。そしたらご褒美に、1日10回以上は好きって言えよ。キスもなまえちゃんからして」

半間くんは甘えん坊の猫みたいに、ごろごろと喉を鳴らしてわたしに擦り寄る。それが可愛くて思わずいいよと頷いてしまった。

わたしは想像した。いつかわたしの中にはいる半間くんのあれに、殺されるのを。本当にセックスで死んでしまうかもしれないと思ったけど、そうしたら、半間くんも道連れにしてやろう。そうして、わたしと半間くんは全裸で絡まり合って愛し合ったまま、情けない死体として見つかるのだ。
なんだ、案外悪くないじゃないか、と思ってしまった。





BACK




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -