とーきょーまんじ | ナノ


なまえちゃんはオレにきらきら光るぴんく色の魔法をかけた。

名前を呼ぶだけ、ただそれだけの事で身体の内側がぎゅぅっと握り潰されたみたいにくるしくなって、呼吸もうまくできなくなる。なまえちゃんがオレの名前を呼んで笑うだけで、どっどっどっとオレの心臓はけたたましく鳴り響いて沸騰しそうなほど全身が熱くなる。

きっと、この魔法を解く方法はなまえちゃんしか知らない。


△▼△


藤棚の隙間から少しくすんだ緑色の葉っぱがさざめいてベンチに腰掛けるなまえちゃんがよりいっそうオレとの距離を縮めた。
ぎりぎり触れ合わない絶妙な距離を保ってそれがもどかしくて今すぐ引っ張って腕に閉じめたいと思うけど、オレは偉いから我慢してる。
本当はいつだってなまえちゃんを噛み殺せてしまう力を持っているのに、だ。

「ねー、もしさ、一日だけ魔法が使えるならどうするー?」

呑気に足をぶらぶら揺らすなまえちゃんが間延びした口調でゆったりオレを見上げた。なまえちゃんのことだから「暇だからしりとりでもしようか」とかそんな感じでどうせ意味はないんだろう。それでも一応、ちょびっと真剣に考えてみる。

魔法、まほーか〜。

言葉をゆっくり反芻してなまえちゃんのつむじを見下ろすと、それはずっと前から決まってたみたいにつらつらと飛び出てきた。

「なまえちゃんの心を奪う魔法をかける」
「あはは、なにそれ」
「さいしゅーてきには、心ン中ずーっとオレでいっぱいになってくるしすぎて死ぬ」
「ふぅん? 死んじゃうんだ。なんか魔法っていうより呪いみたいだね」
「あぁ、呪いだよ」

さっきまで眠そうに半開きになっていたきれいなビー玉みたいな目ン玉が、みるみるうちに大きく開いて「ありゃ、魔法じゃなくて呪いになっちゃった」と呟いた。それを聞いてオレは「あ、マジだ」と気付いた。だって、なまえちゃんがオレにかけたものは可愛くてきらきら光っているけど、オレのはどろどろしていてずっしり重たい。それに凶暴だ。
呪い、一生解けない呪いか、いいなあと思った。

「その呪いはどうやったら解けるの?」
「今すぐオレと付き合うっつーなら、呪いはかけねーよ」

まん丸な目ン玉がずっとオレだけを映して気分がいい。気分がいいから、なまえちゃんの小さくて柔らかい手を取ってオレの胸にあてた。一瞬びくりと跳ねた手のひらはそっと優しく心臓の真上を撫でて鼓動を確かめている。

「すごい音……」
「だろ? オレはなまえちゃんの名前呼ぶだけでここがくるしくて死にそーになんだぜ。オレだけずっとくるしーの。だから、付き合ってくんねーならなまえちゃんもオレと一緒にくるしんでよ」

なまえちゃんは固まって、オレの目を覗き込んだ。心の底を見るみたいな目付きで、じっと。オレも負けじとじっとなまえちゃんの目を見つめて、魔法が解けないならせめてオレの呪いがなまえちゃんをくるしめてくれないかなと念を込める。

するとふっと緩まった目尻が優しく下がって心底可笑しそうにけたけたと笑い出すから、その瞬間、心の中で息ができず藻掻きくるしんで酸素を求めるオレを見下ろして、指の先で腹を突きながら「はは、半間くん虫の息だね」と笑うなまえちゃんを想像して、ちょっとだけ泣きそうになった。
なまえちゃんの名前を呼ぶだけ、ただそれだけの事で身体の内側がぎゅぅっと握り潰されるみたいにくるしくなって、呼吸もうまくできなくなる。なまえちゃんがオレの名前を呼んで笑うだけで、どっどっどっとオレの心臓はけたたましく鳴り響いて沸騰しそうなほど全身が熱くなる。そんなふうに毎日くるしんでるオレの事を笑うなんて、なまえちゃんは酷い女だ。

さすがにムッとしてなまえちゃんの頬を抓ろうと伸ばした手は、何故かなまえちゃんに掴まれ指先一本一本開かされて自然な手付きでそのまま絡められた。これはオレにとってハジメテの恋人繋ぎであり、なまえちゃんとの合意の触れ合いだ。……すげえ、オレ、好きな子と手を繋いでる。
もしオレが総理大臣なら今日はなまえちゃんとオレが恋人繋ぎをした愛すべき記念日として祝日にするところだった。

なまえちゃんの行動によって瞬く間に幸福と期待が足元から這い上がって全身を駆け巡り、バグったみたいに動き出した心臓がくるしくてたまらない。

繋いだ手のひらはじくじくと汗をかいて湿りだしぴたっとくっついて気持ちいい。きっとオレたちはセックスの相性もいい。なんとなく、直感でそう思った。するとなまえちゃんがふふっと笑って絡めあった親指の腹でオレの人差し指を撫ぜだした。

「馬鹿だなあ、半間くん。そんな脅ししなくても、私の心は半間くんでいっぱいなんだよ」

笑ってごめんね。 なまえちゃんは海のように凪いだ瞳でそう言った。オレの心臓は未だにけたたましく鳴り響いている。

「両想いになったのに半間くんがかけた呪いは解けないね」
「エッ、なまえちゃんもくるしーの?」
「くるしいよ。くるしいけど、死ぬまで解けなきゃ良いのにね」

いつか解ける日がくる、そう含ませた台詞だ。上々だった気分はジェットコースターみたいに急落していく。
せっかく両想いになれたのに、終わりのことを想像されて腹が立った。

「オレのは呪いだから死んでも解けねー」
「その言い方だと私のは魔法だから、いつか解けちゃうのかな」
「なまえちゃんが魔法を解きたいつってもぜってぇ解かせねえ。ホンキで好きだし、愛してるからな」
「……半間くん意外と重いんだね、うける」
「うけんなよ。けっこー真剣なのに」

なまえちゃんは笑っているけど、オレは本気だ。
これから先、人生を終えるまでずっと、名前を呼ぶだけで、触れ合うだけで呼吸の仕方が分からなくなってそのたびにお互い薄くなっていく酸素を口移しで分け合って生きていく。そんな風に、共存しあって、片方がいなくては生きていけない弱い生き物になればいい。そんで最後は愛し合って、たくさんキスをして、抱き合って死んでいく。

でももしなまえちゃんが本気でオレのことを好きじゃなくなって呪いも魔法も解けちまったら、そのときは、心中でもしてやろうかな。






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