とーきょーまんじ | ナノ


頭から、身体から、服から、下着から、同じ匂いがする。 ほんのり香る甘い匂いが、晴れの日も雨の日も変わらずお互いの身体から放たれているのに、いつまで経ってもなまえさんとオレは恋人でも家族でもない、ただの他人のままだった。
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なまえさんを待ち続けて何時間か経った頃、ヒールとビニール袋が擦れる音がコンクリートの廊下に響いて、音のしたほうを見ると、白い蛍光灯の下で真っ白な息を吐き出すなまえさんがオレを見て眉を顰め、困ったように「いつから居たの?」とジャケットのポケットからキーケースを取り出しながら聞いてきた。

「こンくらい」

痺れた足を軽く伸ばして立ち上がり、ちょっと前から感覚の鈍くなってきた指先でなまえさんの首裏を撫でてぐっと背中に突っ込んだ。すると、オモシレーくらいに飛び跳て「う"」だか「あ"」だか分かんねぇ悲鳴をもらし後退って、じろっとオレを睨む。切れ長の瞳は若干三白眼なのにちっとも怖くないのは何故だろう。

一瞬しか触れられなかったなまえさんの肌はオレが生きてきた中で一番柔らかくて熱かったように思う。あ、これ以上考えるとちんこ勃ってきそう。
なまえさんが鍵穴に差し込まれた鍵をまわしてドアを開けるのを確認して、家主より先に家に上がる。
これまで人の家の匂いなんか一度も気にしなかったけど、なまえさんの家はなんでかすげぇ甘い匂いが広がってて、不思議と落ち着く。だから前になまえさん家の空気を缶詰めにして持ち歩きてーと素直な気持ちを告げたらコワッと引かれたんだっけな、そこはしゅーじくんわたしのこと大好きだね♥ でよくね? と思った。

「何回も言うけど靴くらい並べなさい」
「だりぃー、そんくらいよくね?」
「よくねー。外に放り投げるよ」

言うより早くオレの靴を持ち上げたなまえさんが再びドアを開けだしたから、仕方なく両手を伸ばしてそれを奪い取り、言われた通り綺麗に並べた。すると、満足したのか今度こそドアの鍵を締めて犬にするみたいに手をシッシと振ってオレをリビングへ追いやる。こういう行動を取られるたび、なまえさんはオレを人間じゃなく犬だと思ってるんじゃないかって変な気分になる。
台所にどさっとビニール袋を降ろしたなまえさんは浅く息を吐き出して、ソファの真ん中を陣取ったオレを見た。疲れの滲んだ瞳はLEDの青白い光を浴びてキラキラと輝いている。

「そろそろ自分家に帰ったらどうなの、非行少年」
「えー、なまえさん家がオレの家ってコトでよくね?」
「何もよくないよ。キミよく食べるから出費ばっか増えるんだよね……」

え、問題そこなん? ってなんかズレてる返答にげらげら笑ってたら、夜飯を作るために手を洗ってたなまえさんがオレの前まで来て、水の滴る手をぶるぶる震わせる。忠犬さながらに長時間この寒空の下で帰りを待っていたオレに対して、追撃と言わんばかりに冷たい水滴で攻撃してくるんだからなまえさんはひでー女だと思う。もっと可愛がってくれてもいいんじゃねえ? とも。

飯食って、テレビ見て、少し話したら風呂に入る。なまえさんはズボラだから飯は大体ワンプレートだし、チャンネルを確認することもなく適当に点けっぱなしにして音だけを部屋に響かせる。風呂上がりは面倒くさそうに顔にペタペタ塗って、髪はほぼ放置する。オレは気分でそれを乾かしたりするけど、その時のなまえさんは気持ち良さそうに目を細めて身体ごと預けてくるから、結構その時間が好きだったりする。
逆に、なまえさんがオレの髪を乾かすのは日常になりつつある。自分の時は面倒くさいからと放置するくせに、オレが濡れたまま出てくると「風邪ひくでしょうが」って焦るようにタオルでばしばし水気を拭いてドライヤーを当てる姿は、やっぱり犬猫に対する慈愛みたいなものを感じる。

ふわふわした面持ちであくびを噛み殺しながら「おやすみ」と寝室へ向かうなまえさんの後ろ姿を確認して30分くらい経ったあと、オレもだんだん眠くなってきて寝室へ忍び込む。なまえさんは寝付きが悪いから多分まだ起きてるんだろう、とベッドの中に忍び込んで、オレよりずっと小さい背中に身体をぴったりくっつけた。ほぼ骨と皮でできてるオレと違ってなまえさんは湯たんぽくらい温かい。湯冷めして末端が冷えてきたオレにじわじわと熱を移してくれるなまえさんの耳元に唇を寄せて、一応確認する。

「さみぃから一緒に寝てイイ?」

ん、と身動ぎしたなまえさんは至極不快そうだ。

「いいって言う前に入ってきてるじゃん」
「なまえさんと寝てーの」
「わっつめた! やめて足くっつけないで!」

オレの長い脚をなまえさんの柔らかい脚に絡めて片腕を腹の下に回す。ぶるりと震えが伝わってくつくつ笑う。

「なまえさんとオレ同じ匂いがすンだよ」
「キミが私のシャンプー使ってるからね」
「服も同じ匂いがする」
「キミが脱ぎ散らかしたやつを洗ってるからね」
「もーこれカゾクじゃねーの?」
「今日は一段とよく喋るね、けど子供はもう寝なさい」

何やらモゾモゾと身体を動かしだしたなまえさんが、拘束を解いてオレの方を向く。優しさの滲んだ子供という単語が頭から離れなくて不思議な気分だ。
一度離れたぬるい足がまた絡んで、暗闇に慣れた目が緩慢に伸びてくるなまえさんの腕を捉えた。瞬きの間に暖かな手のひらが額と髪を撫で、そのままオレの頭ごと抱きしめる。視界は完全な暗闇になり、耳元でとくとく音がする。途端になぜだかひどく安心して、泣きそうになった。

「それで、明日はちゃんと家族の家に帰りなさいね」

諭すような言い方が子守唄みたいで、それにつられて眠気が瞼を引っ張る。薄ぼけてきた意識でちゃんと、カゾクの家ってなんだよ、と悪態をつく。血が繋がってるだけの他人。なまえさんとオレのほうがよっぽどそれっぽい。
頭から、身体から、服から、下着から、同じ匂いがする。 ほんのり香る甘い匂いが、晴れの日も雨の日も変わらずお互いの身体から放たれているのに、なまえさんとオレは恋人でも家族でもない、ただの他人。 抱き合って眠っても一つになれない。明日目を覚ました時、オレとなまえさんが混ざり合って、恋人やカゾクなんかよりもっと強い繋がりで結ばれたらいいのになぁと祈って、意識を手放した。






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