とーきょーまんじ | ナノ


写真
「泣いてンの?」
「……放っておいてよ」

両膝の間に顔を埋めたままなまえちゃんはずるずると鼻を啜りながらそう言った。声は不貞腐れていて、放っておいてと言う割に俺のTシャツの裾を握って離さない。素直じゃねえなと胸の内っ側にほわほわとした生温い何かが膨らむ。

「なぁ、俺なまえちゃんじゃねえから、言ってくれねェと分かんねーよ。なんで泣いてンの?」

努めて優しく、ゆっくり聞いてやるとなまえちゃんは顔を上げて目元に垂れる髪を鬱陶しそうに払いながらギロっと俺を睨んで、おおきな目から涙を流す。ぽろぽろと落ちる雫が長い下睫毛に絡んできらきらと光の粒を作る。泣いてる女を見て綺麗だとか、愛おしいと思うのはなまえちゃんが初めてだ。
愛おしいから、全部知りたい。守りたいし、俺だけを頼って、とか、思う。

「半間くんは、ずっと、そうしてなよ……そうやってずっと、私のことで悩んどけばいいんだよ」

ふんっと偉そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いたなまえちゃんの、真っ黒い髪の間から覗く小さい耳朶はじわじわと真っ赤に染まっていく。やっぱり素直じゃねェよなァ。

「別に、なまえちゃんが泣いてなくても泣いてても、ずっと考えてるぜ。今何してンのかな、飯食ったかな、今頃風呂入ってンのかな、どっから洗うんだろうなとか」
「……っ! どっ、な、」
「ばはっ♥ 喋れてねーじゃん」

なまえちゃんは勢い良く俺の方を向いて、でかい目を更にでかくしている。睫毛の手前で止まっていた涙が滑り落ちてなまえちゃんの頬を濡らしてる。少し手を伸ばせば届くけど、それじゃあ面白くない。
俺はなまえちゃんの口から、どうしてほしいかを聞きたい。

「今なまえちゃんが俺みたいに、素直になってくれりゃ喜んで抱き締めてやんのになァ」

僅かな沈黙のあと、きょろきょろ目玉を動かして口を開いたり閉じたりするなまえちゃんが小動物のうめき声みたいな変なの声を出して、未だに握っているTシャツの袖を引っ張った。どんなに小さな声でも聞き逃さないように上体を曲げてなまえちゃんの口元に耳を寄せる。

「……して」
「ん?」
「……ぎゅってして撫でて」

蚊の鳴くような声で、喉を震わせたなまえちゃんの顔はやはり真っ赤で、恥ずかしいのか唇をぎゅっと噛んでいた。
女に殺されるって、こういうことなんだろうか。可愛くて、愛おしくて、心臓が壊れたみたいにばくばくと動いている。
俺、なまえちゃんに殺されるのか、これがキュン死か。

素直になれたなまえちゃんの背に両手を回して、痛くないように優しく優しく抱き締めた。俺の胸の中でなまえちゃんが息をして、頭を肩口に預けている。今このまま息絶えてもいいってくらいに幸せを感じる。

「なまえちゃんもう、俺と付き合えばよくね? そしたら、毎日ぎゅーしてやるし、キスだってしてやんのに」
「そっそれはいい! キスはしなくていいよ!」

俺の提案を一瞬で却下すると、危険を感じたというように俺から離れようとするから力一杯抱きしめるとちいさな溜息をこぼして大人しくなった。
そうしてたら腕の中からすぴすぴと浅い寝息が聞こえてきて、それにつられて段々と眠気が襲ってくる。
なまえちゃんの陽だまりのような温もりを両腕に抱きながら、俺もまた微睡むことにした。

21'1226






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