とーきょーまんじ | ナノ


いくらもらってももらい足りない、寧ろもらえばもらうほど欲張りになっていく。半間くんの大きすぎる手のひらがわたしの頭を撫でるころ、わたしの心はそれ以上を求めている。目に映すものが全てわたしでありますように、あなたが怒ったり笑ったり、全ての感情がわたしに関係していますように、そして、もっと撫でて、触ってと。

半間くんはあまり愛情表現をしない。その代わりか、大きな身体を少しだけおって、だらりと長い腕でわたしの肩に巻き付いてくる。全体重をのせてワックスで固めた髪が頬にあたるそれを鬱陶しくも愛しいと思うが、彼はやはり好きだとは言わない。

先ほど愛情表現をしないといったが……そもそもわたしと彼は付き合ているのだろうか。告白はした、わたしから。いつから好きでどうして好きになったのかなんて覚えていないけど、気付いたら彼のズボンのすそを握って「好きです」と口走っていたし、一瞬だけ目を見開いた半間くんがぐしゃりとわたしの髪を撫でて頭に肘を置いて歩き出しただけだ。あれ、俺も好きって言われてなくね?

【別れよ!さようなら】

賭けに出た。めちゃくちゃ賭けに出た。彼から好きだと言われたこともなければキスもしたことがない、ということにさっき気付いて、あれやっぱ付き合って無くね…?じゃあほぼ毎日わたしに会いに来て腕を巻き付けたり抱き締めたり髪を混ぜっ返したり額に口付ける彼はわたしの何なのか、彼にとってのわたしはなんなのか、この際はっきりさせたいと思ってメールを送ったのだ。のだが、既に後悔している。送らなきゃよかった……。だってもし本当に半間くんにとってわたしがただの肘置き、それか犬かなんかだと思われているだけなら悲しくて死んでしまう。しかし送ってしまったものは仕方がない。じりじりと肌を焼くような日差しを浴びながら心臓バックバクのまま携帯を握り絞めて返事を待つが、3時間経ってもそれが来ることはなかった。暑いからか緊張からかはたまた両方か、分からないけど喉は枯れきっていた。このまま死ぬのかな。

「わ〜、終わった」

やっぱ付き合ってなかったのか、半間くんからしたら(付き合った記憶ねーのに何言ってんだこいつ。まあいいや無視しよ)くらいなんだろうな。やっぱそうだよねその程度だったか……深く息を吸って吐くと、その場にしゃがみ込んだ。アスファルトから伝わる熱気が最悪だ。今のこの状況も最悪。なんか泣きそう。
暫くそうしていると、聞きなれたエンジン音が真後ろから響いて、勢いよく振り返るとヒョウ柄のバイクに乗った恐ろしい形相の半間くんがいた。えっ待ってめっちゃ怖い!!!ロードキル?!

「う、うそうそ嘘こわーー!!!ころされる!!!!あれは殺す顔!」

何故か反射的に立ち上がって、そのまま逃げる。運動神経の悪いわたしも流石に命の危機を感じると意外と早く走れるらしい。だってあんな顔の半間くん見たことない!喧嘩しているときより怖いのでは?!
チラリと後ろに視線を向けると更に怒った半間くんがバイクで並走してきた。なぜ、どうして、無理。おしっこでそう。
小さく悲鳴をもらすと並走したままの半間くんが「もっと本気で逃げてみろよどうせ捕まえるけどな」と真顔で言ってくるから、これまた咄嗟に「は、半間くんってわたしのことすきなの?!」と言葉が飛び出してしまった。どうしてわたしは考えるより先に言ってしまうのか…しかもこんな時に!
どうせ好きじゃねーよ今からゆっくり時間かけて殺してやるんだよって言われるんでしょ。だってそういう顔してるもん、言わなきゃよかった。息が上がって本格的に死にそう。わたしにしてはよく走ったほうだよ!
後悔まみれで半べそをかいたわたしを見て未だ並走している半間くんはポカンと口をあけたまま、こいつ正気か?という顔をした。

「はァ〜?好きじゃなかったらこんな必死なって追いかけてねーから」
「え、えぇ?!じゃ、じゃあ一回止まろう?!し、死んじゃうわたし!」

本当だ、もう息絶え絶えで汗まみれだし呼吸もうまくできない。情けないくらいぜえぜえしているわたしを見て漸く半間くんは並走をやめて近くの公園にバイクとめてくれた。ロードキルしたかったわけじゃないらしい。
肩で息をしたまま公園の売り切りばかりが並ぶ自販機でアップルティーを買ってがぶ飲みする。生き返った、小さくもれた言葉に俺はまだ生き返ってねえんだけどと半間くんがずいっと顔を近づけてくる。言葉の意味が分からず首を傾げるが特に何も言われないのでとりあえずアップルティーを渡すと正解だったのか、飲み干されて空のペットボトルを返された。ふざけるなよ、返すな。

「それはそうと半間くん本当に私のこと好きなの?」

ペットボトルカラで返すし、バイクで並走するし。
好きじゃなかったらこんな必死なって追いかけてねーから、が本心なのか何となく出ちゃった、的なあれなのか分からずに疑いの目を向けると顔を顰めた半間くんが「だりぃー何回言わすんだよ」とぼやいた。何回というか一回しか言われてないし、できることなら何度も聞きたいんだけど……。

「だ、だって好きって言われたことないし、告白の返事だってもらってないから、わたしのことどうでも良いんだと思ってた」
「まじ?俺結構本気でお前のこと好きなのに?」
「どのくらい?」
「次お前が別れ話してきたら殺すくらい」

瞳孔がガン開いているのでこれは本気なのだろう。恐怖でひゅっと息がもれて固まってしまうわたしに更に距離を縮めた半間くんが、額に、頬に信じられないくらい優しく口付けて、今まで触れられたことのない唇に少しだけかさついた唇を押し当てて、ぬるりとした長い舌が別の生き物みたいに腔内を荒らす。待ってこれファーストキス。刺激が強すぎる、熱くて目眩がする。逃げるわたしの舌を半間くんの舌が捕らえて離してくれない。半間くんの大きな手のひらがわたしの両耳をふさいで、映画とかドラマでしか聞いたことのないようなえっちな音が脳味噌をくらくらさせる。

いくらもらってももらい足りない、寧ろもらえばもらうほど欲張りになっていく。もっと撫でて、触ってと。

何度か吸われて、甘噛みを繰り返してやっと離された唇をぺろりと舐めあげて不敵に笑う半間くんはかっこよくて、えっちだ。随分なれてそうなキスにちょびっとだけムカついて、鼻を鳴らした。

「やっぱ逃げようかな」

真夏にも関わらずだらりと長い腕をわたしの肩に巻き付けて、全体重をせる半間くんが「また鬼ごっこすんの?絶対逃がさねえけど、つうか次逃げたら監禁するかも知れねえよ俺」と耳元でいうのでくすぐったくて身をよじった。相変わらずべったりとくっついて離れない半間くんに、わたしもしかしてめちゃくちゃやばい人を捕まえてしまったのではとその意外と重い愛情をひしひしと感じていた。

2021’0806







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