- ナノ -

どうかきみがねしあわせに、しあわせに、ぼくを忘れますように

あれは確か、廉造が祓魔師を目指す竜士に付いて上京する前夜だったか。


「良え加減終わりにせなあかんよ」

呟いた言葉は決して聞こえていない筈、と思いたいのは自身の弱い心故なのか。こんな結果にするためにお前に愛しとる、好いとると囁いたわけではない。だけどこの先の事を考えれば俺は身を引くべきだという事は自分なりには理解していたつもりだ。つまりはこんな時期になるまで廉造を手放せなかった俺に、全面的な非が有るのだろうと気付いたのは廉造が出発するにあたり、荷造りをしている過程でそれを手伝う際にふと視界の端に映った廉造の横顔を見た時だった。
こないに大きなったんや、胸の内で呟いた筈のそれは廉造にも聞こえていたらしく。な、大きなったで俺、と。昔から変わらない笑顔を向けられた。その笑顔を見た瞬間に脳天を鈍器で叩かれたような鈍い衝撃が駆け巡る。ああ、そうやね。にこりと笑みを浮かべて廉造の頭を撫でれば廉造は僅かに頬を赤くして、せやろ、と笑みを零した。
好きやで、そう口に出す事はもうこの先許されないのかと思えば胸を強く鷲掴みにされたような、泣きたいような、そんな形容し難い感情を抱える羽目になるだなんて当時の自分は予想出来ただろうか。答えの出ない問いかけを繰り返したところで時計の針は着々と時を刻むばかりで。そろそろ夜が明けるな、と妙に他人事のように感じている自身に吐息を一つ。

「愛しとった、幸せになりい」

呟いた言葉は夜明けの空気に溶けて、散って。過去の事になった、と頭が理解した瞬間に俺の頬には生温かい液体が伝った。


どうかきみがねしあわせに、しあわせに、ぼくを忘れますように


(瞼腫らして何しとんねん)
(金造にからかわれる廉造の姿を俺は見送らずに任務へと向かった)
(廉造が俺の背を見ていたなんて、知る筈もなく)
‐End‐
青祓の夢企画【星をみるひと】へと提出させて頂きました。随分と遅くなり申し訳ありませんでした。最後になりますが主催の白蔭様、この度は参加させて下さいまして有り難うございました。
20111111.