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お祝い

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井吹君は四季さんに何か用意したの、と問われて首を傾げること数秒間。宮路がどうかしたのか、と聞き返せば沖田は呆れた、と肩を竦めて溜め息混じりに理由を教えてくれた。
沖田曰く、今日は宮路の誕生日らしい。贈り物をしないのかと聞かれればそれに返す言葉は出ない。財布の中身を広げたところでバイト代は底をつきかけている。次の給料日まではあと半月、食費にと残しておいた五千円札と睨み合いを続けた結果、漸く手放す決心が出来て握りしめた拳の中に納めて鞄を肩に掛け、教室を後にした。


「龍、急にどうした?」

馴れないメールを打って宮路と待ち合わせをする。そういえばどうして贈り物をしようとしたのか、待ち合わせ場所へと脚を向ける傍らふと疑問に思ったが、それはいつもなんだかんだと世話をやいてくれる宮路への感謝の気持ちだと理由付けた。

「あんたが、何を欲しいか分からなかったから」
「へ?」

生憎とこういった経験は無いに等しく、待ち合わせ前に向かった店では散々頭を抱える羽目となった。結局、色合いが落ち着いたシンプルなタオルハンカチを片手にレジへと向かったのが今から三十分前。片手にぶら下がった紙袋を宮路へと押し付ければ何がなんだか分からないといった呆けた表情で瞬きを数回。

「あー、と……誰かに聞いたのか?」

紙袋と俺の顔を交互に見返して問われた言葉に視線を反らしつつ、沖田が、と返せば。気を遣わせたくなかったから黙っていた、と苦笑混じりで言う宮路に何故だか頭の奥底がモヤモヤとした。

「でも、」
「……でも、何だよ」
「龍が俺を思って選んでくれたんだよな?」

すげえ幸せ、と。見ているこっちが照れるような柔らかい笑みで礼を言われて。ああ、と小声で返した俺の頭を宮路は緩く撫でた。それだけでさっきまでのモヤモヤが少し晴れた気がするのは何故か。


お祝い


(ありがとな、龍)
(そう言ってぐしゃりと撫でられた髪)
(ふ、と笑みを浮かべた宮路をずっと見ていたかった理由はまだ分からない)
‐End‐
20110802.