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求婚

※SSL
教官室で差し出されたそれに瞬きを一つ。対して差し出した本人はそれはもう様になる笑みを浮かべて悪気なんざあったもんじゃねえ。いやまあ別にこの現状についてなんだかの文句があるわけじゃあねえが、たかだかワイシャツのボタン付けの為に貴重な空き時間を呼び出される羽目になっているんだから溜め息の一つくらいは許されるだろう。

「何度やりゃあ気が済むんだよ、仕舞いにゃ俺がお前襲ってシャツのボタン弾け飛ばしてやろうか」

視線は手元の針へ、傍らで暢気に茶を啜る左之助へと冗談半分本気半分の声音で言えば。くつりと喉で笑った後にいつでも来いよ、だなんて誘い文句を寄越すもんだから始末におけねえ。

「俺なんかがやるより四季に渡しちまった方が手っ取り早いだろうが」

お前は見掛けによらず家事が得意だしな、と。茶目っ気たっぷりに宣われた挙げ句にわざわざ俺の手を止めて首が危なげな音をたてるのも放り視線を合わせさせられた。

「何だよ」
「あー、なんだったら嫁に貰っても良いよな。四季、それなら一件落着だろうが」

何がどうなって一件落着なんだかは知らねえが。それはともかく、気になることがあるわけで。

「俺が嫁で左之助が旦那ってか、立場が逆じゃねえの?」

先程の仕返しとばかりに左之助の襟首を掴んで唇が触れる直前で言えば。一瞬の呆け顔の後に、それはそうか、なんて言われちまえば知らずと毒素を抜かれちまうのは仕方のないことじゃねえかと。


求婚


(つうかそれ、前に風間にも言われた)
(ボタン付け、でか?)
(ん、そう)
(……なんだ、妙に人気者みてえじゃねえか)
(左之助、)
(なんだよ)
(ふ、拗ねんなよ。俺が風間に求婚されようが俺にはお前が一番だから)
(……ばかやろ、)
‐End‐
20110531.