- ナノ -

秘事

※SSL
はじめ、と。開きかけた俺の口は音を作ることはなく、かつん、と小さく歯と歯のぶつかる音を響かせた。目の前には一の綺麗な顔があって、俺はその一によってキスされているわけで。必死に舌を絡める一は瞳を閉じ、未だ頬を赤くしていた。

「ん、」

軽いリップ音が聞こえた後に唇を離される。口端に残ったどちらのものとも分からない唾液を舐め取ればふと血の味がしたのが分かった。見れば一は下唇を切ったようで小さく血の塊が出来ているのに気付く。仕返しとばかりに一の着るワイシャツの襟首を掴み引き寄せ、ちゅう、と下唇に吸い付き血を舐め取れば。先に仕掛けたのはどっちだよと言いたくなる程に、頬に限らず目尻だとか、耳元だとかを赤くする一が居た。

「どうした、一」

机から身を起こし、一を抱き締める。腕に収まった一は小さく肩を跳ねさせて俺の胸へと顔を埋めてきた。落ち着けるようにと、背中を軽く叩き空いた片方の手を髪へと滑り込ませれば。

「……すまない」

小さく呟いた一はそれきし黙りきりになって暫くの間は俺の腕の中から出ようとはしなかった。


秘事


(落ち着いたらどうしたのか聞かねえとなあ、)
(一定のリズムで一の背中を叩きながらそう思った)
‐End‐
20110519.