- ナノ -

過去と現在。

※SSL
「月が、すげえな」

それまでの歩みを止めて呟かれたそれに倣うように空を見上げる。部活帰りの下校中、知り合いに車を貸しているだとかで駅までの道を隣で歩く歳さんが不意に立ち止まってそう言った。見れば前を歩く総司達は俺達が立ち止まったことに気付かないようで、徐々に距離が開いていくのが分かった。

「それを言うなら、月が綺麗ですね、じゃねえの?」

ふと思い出したフレーズを口に出す。俺の返しに歳さんは喉で笑うと近現代は生憎専門外だ、なんてそう言って再度空を見上げていた。

「俺は怖い、と思う」

そのまま暫く夜空に浮かんだ真ん丸の、僅かに赤らんで見える月を眺めていればぞくりと背中に何かが走ったような感触に肩を震わす羽目になった。

「ずっと、遥か昔から変わらねえからさ……俺が初めて人を斬った時も、あんな月だった」

実際に身体は覚えてもいないはずの肉を斬る感触、骨を絶つ際の腕への振動。それが何故か妙に生々しく脳内を駆け巡る感じに再度身震いをした。随分と昔のことを思い出したものだと、そう小さく呟けば。

「後悔しているのか?」

俺の目をじっと見詰めて聞く歳さんに緩く首を振る。過去に浸るといっても、当時の俺自身の生き方にはなんざ後悔も無ければ忘れたいとも思わない。ただ久しぶりに思い出した当時のそれと今現在生きている際に感じる色んなものとを時折ふと対比するように問答する自分自身が嫌だった。

「俺があの時代に生きてなきゃ、こうして今歳さんと一緒に居れたかどうか分からねえから」

巡り合わせってすげえよ、と。周りに人影が無いのを確認した後に歳さんを抱き寄せる。俺の腕の中に収まる歳さんは抵抗もせず、ただじっと俺の顔を凝視していた。
過去に後悔は無い。だからといってあの生き方が正しかったのかは今この時代を生きている俺にはもう分からない。当時はこれが正しいと信じていたけれども、安寧に包まれた現代を生きる自分にはもうそれも過去の幻想のように思えて。過去を徐々に記憶の奥底へと追いやる自分自身に納得出来なかった、けれどもそれはそれで今こうやって生きていることを十分に味わうことになるんじゃないかともう一人の俺が言っているようで。終わらない問答に終止符を打ち、ぎゅうっと腕の中に居る歳さんを抱き締めた。


過去と現在。


(唯一変わらないものといったらそれは今俺が抱き締めている歳さん、その人だろうと)
(漸く出た一つの答えに、何かが肩から下りた、そんな気がした)
‐End‐
20110518.