- ナノ -

一抹

「左之助、」

床について暫く、目をつむるも中々眠気が来ず。このままでは明日の任務に差し支える、と。仕方なしに夜風にでも当たろうかと縁側を目指せばそこには先客が居るようだった。俺の呟きに気付いたのか、普段の彼とは違い酷く緩慢な動作で視線を向けられる。視線が絡み合った時、何故か彼、左之助の瞳は僅かに揺れたように見えたのは俺の気のせいだろうか。

「四季、か」

ふ、と小さく笑った左之助は傍らに置かれた徳利を手に取ると軽く傾けて見せた。それにつられるようにして左之助の隣へと腰を降ろし僅かに酒の残っていた盃を一息に煽った。

「どうした?」

先程の動揺――と言えるのかは些か不明だが――に対して聞けば。またも緩慢な動作で小さく首を傾げた後に合点がいったのか自嘲染みた笑みを浮かべる左之助が居た。

「夢をな、見たんだよ。らしくねえってのは重々承知だ。悪い……肩、貸しちゃくれねえか」

その声音は酷く心許なく、それでいて酷く脳内に響き渡るのを感じた。返事を返すよりも先に左之助の肩へと腕を回し彼の頭を自分自身の肩へと預ける。ひくりと跳ねた肩に気付かぬ振りをして、静かに聞こえる虫の音へと耳をすました。

「左之助、何を怖がっているのかは知らないが……溜め込むよりは吐き出せよ。お前が忘れろってんなら、俺は明日の朝には綺麗さっぱり忘れてやるから」

視線の僅か先、眉間へと寄せられた皺へと手をやって撫でる。開かれた瞼へとそのまま手を滑らせ、そして覆う。視界が俺の手に覆われたことで闇になったのか、漸く身体全体の力が抜けたようで先程よりも僅かに体重をかけられたのを感じ妙な安心感を得た。


一抹


(……ありがとな、)
(俺はお前に元気になってもらいたいだけだからな)
(ふ、そりゃお優しいこった)
(ほら、良いからまだ暫く瞼閉じとけよ)
(ん、)
‐End‐
20110517.