- ナノ -

妬く

「左之、それどうしたんだ」

巡察の帰り、縁側で茶を飲む左之の傍らにあった懐紙を指差して聞くと左之は、ああこれな、と事の経緯を話してくれた。

「へえ、井吹に……ねえ」
「ああ、普段こういったモンはあまり食わねえからって言ったら何故か貰ってな」

言いながら金平糖を口に入れて咀嚼する左之は俺に懐紙を差し出しておすそわけとやらをしてくれた。口に入れたそれは妙に甘ったるくて。がり、と歯で噛み砕けば跡形もなく胃へと消えていった。


「お、おい。宮路」

口に入れた金平糖の口直しとばかりに勝手場で茶を沸かしていれば不意に名前を呼ばれたのが分かり釜から顔を上げてそちらへと視線を向けると。勝手口には井吹がなんだかそわそわした様子で立っているのが見えた。

「……何か用事か、井吹」
「……っ、」
「黙ってちゃ分かんねえんだけど俺」

俺の声音に肩を跳ねさせた井吹はそれきり俯いちまって表情を伺うことが出来なくなった。互いに口を開く事もなく黙りを決め込んでいるのに嫌気がさした時。ふと茶を沸かすための湯が吹き零れそうな事に気付き視線を井吹から釜へと向け直した。

「何?」
「……っ、そのままで居てくれ」

不意に着流しの袖を引かれ振り向こうとする俺に井吹が言葉を被せてそれを遮った。

「なあ井吹、俺が何で機嫌が悪いのか知りたいか」

無言を肯定と取って言葉を続ける俺に井吹がまたも一つ、身体を震えさしたのを感じて自然と苦笑が漏れた。

「なんつうかさ、お前って左之には懐いてるみてえだから。さっきも金平糖、分けてやったって聞いたし、な。だから、」
「……だから」
「妬いた」

言うと同時に振り向いて井吹の身体を腕の中に収めれば。

「な、」
「悪い、八つ当たりするつもりは無かったんだけどな」

情けなくなって井吹の肩口に顔を埋めて呟いた俺に井吹が小さく笑う声が聞こえてきて。それに釣られて俺も漸く笑うことが出来た。

「……これ。あんたの巡察が終わる頃に持って行くつもりだったんだよ」

僅かに視線を逸らされながらの言葉に瞬きを一つ。井吹の手にあるのは懐紙に盛られた色とりどりの金平糖だった。

「でも、あんたは甘い菓子が苦手なんだってな。此処に来る途中に原田の奴に聞いた」
「井吹」

呼ぶと同時に金平糖を数個口に放り込んで噛み砕いた後に何だよ、なんて首を傾げる井吹の手を引いて口付けをする。口内にある金平糖を井吹の口に流し込むように口付けを深くしていくと井吹の息が上がっているのが感じられて気分が高揚したのが分かった。

「んん、……っあ……ふ、」

口の端から唾液が漏れるのもそのままに息がもたなくなるまで口付けを続ければ。俺の口内にあった金平糖は全て井吹へと移り、口の中には先程同様に甘ったるい味だけが残った。

「あー、こうすりゃ甘いもんも食えるかもしんねえ、な」

おまけとばかりに口の端を舐めてやれば。それまで口付けの名残で頬を上気させていた井吹は更に顔を真っ赤にして見せた。


妬く


(井吹、俺の前で他の奴の名前言うの当分禁止な)
(じゃないと俺、お前とこうやって物食うのが癖になりそうなんだけど)
(耳元でそう囁いてやったら小さくも首肯されたのが分かって俺の気分はますます良くなった)
‐End‐
20000打記念に行ったフリリク企画でちぇぶ様からリクエスト頂きました。ご本人様のみお持ち帰り可です。この度は企画へのご参加、有り難うございました!
20110417.