- ナノ -

熱、

沖田の奴から稽古と称した八つ当たりの被害に遭ったのは今から半刻程前。あの野郎、素人相手に一切手加減無しで打ち込みやがって。おかげで俺の身体中には鬱血の痕が溢れかえってるし頬には打ち込まれた時に切ったのか血がこびり付いてやがった。稽古自体は四半刻にも満たなかったがその短い間に打ち込まれた腕や腹は未だに熱を持っているもんだからあいつは加虐心の塊なんじゃねえかと疑いたくなるのも仕方ねえことだと思う。

「……ったく、どうして俺がこんな目に遭わなきゃなんねえんだよ」
「まあ、そりゃあごもっともな言葉だよな」

不意に聞こえた声に顔を上げればそこには桶と手拭いを持った宮路が居て。咄嗟の事で言葉も出ずに桶に手拭いを浸す#名字2#をぼんやりと見詰める俺。視線に気付いた#名字2#は小さく笑ってたった今濡らしたばかりの手拭いを俺の頬へと当ててきた。

「……っ、」

情けなくも傷口に染みた拍子に声が漏れれば宮路は眉尻を下げて、少し辛抱な、と。そう言って俺の頬の傷口を丁寧に拭っていった。

「っと、俺は医療方じゃねえから簡単な処置しか出来ねえが……井吹君、熱が引くまでは手拭い当てとけよ」

そう俺に申しつけて手早く後片付けをした宮路は桶を片手に立ち上がった。その姿を見て、何故か、理由は分からないけれど咄嗟に宮路の腕を掴む。瞬きを一つ、その後は僅かに口端を上げた宮路が再度さっきまで腰を降ろしていた位置に収まった。

「……何であんたは俺に色々としてくれるんだ?」

引き止めたにはそのまま黙りこむ訳にもいかず、なんとか頭の中で組み立てた言葉を口に出す。別に答えなんか期待してなかった、だから宮路の方へは視線を向けずにもう幾分か見慣れた縁側からの景色に意識を寄せた。

「何で、と聞かれれば俺が井吹君を気に入ってるからとしか言えねえなあ」

さも当たり前の様な声音で返されたその言葉にさっき引いた筈の頬の熱が戻ってきたのを感じて俯く。隣では宮路が肩を揺らして笑ったのが分かった。

「前に言っただろ、俺が誰を心配しようが自由だって」

ぐしゃりと髪を撫でられて、自分のそれよりも少し上の位置にある肩が再度跳ねたのが視界の端に映る。かけられた言葉の意味を噛み砕くうちに今度こそ誤魔化しきれない熱が顔を駆け上がった。

「ふ、やっぱ井吹君は眉間に皺寄せて不貞腐れてるよりもそうやってころころ変わる表情の方が俺は好きだな」

へらりと笑う宮路と赤くなった顔を隠す俺。さぞ奇妙な光景だろうと思っても何故かその空気が心地良いと思う俺はどうかしてるんだと思う。


熱、


(あー……そういや沖田は)
(総司なら山南さんと一に灸を据えられてるとこだ)
(は、ざまあみやがれっつの)
(ふ、そのくらいにしとけよ)
‐End‐
20110117.