- ナノ -

愛しい人

「おかえり、一」
「ああ、ただいま」

こっちに来てから数回目の師走。それまでのいつ死ぬかも分からない生活から一転、役所に勤める互いの姿にも漸く慣れてきて日々の生活を穏やかに過ごしていたある日。いつもと変わらずに早く帰宅した方が夕飯を作ると言う約束の元、勝手場に立っていれば一が帰宅したと思われる足音が聞こえた。引き戸を開ければやはりそこには一が立っていて、はらはらと降る雪を僅かに肩へと積もらせて頬に赤をさしているのが分かった。その雪を軽く叩き落として中へと入れる、囲炉裏に炭を焼べればいそいそと座敷に上がり手を翳す姿があった。

「なあ一、今日って何の日か知ってるか?」
「……今日は暦の上では師走、十二月の二十五日だが。何故そのような事を聞く」

緩く傾げられた首と訝しげに細められる瞳に笑いを堪えつつ、勝手場に置いておいた徳利と盃を手に座敷へと上がった。

「今日な、一が外周りに行っていた時なんだが。職場に異人が来てな、そいつが言うには今日は特別な日なんだと」

徳利を傾け酒を注ぎつつ言えば一は数度の瞬きの後俺の目をじっと見詰めて聞いてきた。

「あんたは、異国の言葉が分かるのか?」
「いや、さっぱり」
「ならば何故、その相手が言ったとされる言葉が分かった」

今度は俺が瞬きをする番で。しぱしぱと瞳をしばたたかせた後、昼間にあった事の次第を話して聞かせた。つまるところ、そいつはなんて言ったかあっちとこっちの人間の仲介をする仕事に就いているらしく片言ながらも日本語が話せるようで。そいついわく、今日はくりすますと言った行事を行う日であり、それはつまり愛しい人と共に過ごす日なのだと言っていた。

「……して、そのくりすますとやらが一体どうしたと言うんだ」

未だ意味の分からずといった様子で聞く一の腕を引き寄せる。咄嗟で抵抗が出来ず、素直に俺の腕の中へと納まる一の耳元へとそっと唇を寄せた。

「めりーくりすます、あっちではこの言葉と一緒に好きな奴へ愛を囁くんだとよ」

そう言って一の柔らかい髪へと口づけを落とす。気付けば髪から覗く一の耳は真っ赤で、俺の胸元に埋まった顔も耳と負けず劣らず赤くなっていて、とても綺麗だと。痺れる頭の中そんな事を考えていればふと、頬に柔らかい何かが当たるのを感じた。

「はじめ、」
「……っ、俺ばかりでは気にくわん」

ぽつりと呟かれる言葉と共に頬には口づけをされた際の熱が上って。二人して顔を真っ赤にして向き合ってるなんざ、どれだけ自分達は幸せ酔いをしているのかと。

「一、愛してる」
「……四季。俺も、あんたを愛してる」

そっと呟かれた言葉は重なった唇の中に消えていった。


愛しい人


(ふは、顔真っ赤だし)
(……あんたも人の事は言えないと思うが)
‐End‐
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20101225.