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ずるい人

山崎君山崎君、そうやって何度も呼びかけてはにっこりと笑いかける。四季の行動に何度目かと分からない溜息を吐けばいつの間にか肩へとかかった重みに振り向くとしたり顔で口の端を上げる四季が居たのだった。

「宮路組長、自分は今手が離せません。頼みますから大人しくしていて下さい」

ぐっと力を込め四季を元居た位置まで押し戻した山崎に四季はそれまで浮かべていた笑みから一転、子供が不貞腐れるかのように唇を尖らせて見せた。

「四季、俺は前にそう呼んでくれって言った」

ねえ山崎君、と。先程の行動が全て無かったかのように再度山崎の背に張り付く#名前2#。対して山崎は一切そちらには目を向ける事無く文机上の書面へと筆を走らせていた。

「……お言葉ですが組長」

小さく息を吐いた後に呟かれる言葉。ぴくりと肩を震わせた四季は怯えた様にその場へと姿勢を正した。そんな四季に緩く笑みを浮かべた山崎は四季の瞳をじっと見詰め言い聞かせるように口を開いたのだった。

「自分は立場が上の貴方を名で呼ぶ事は如何なものかと思います」
「俺が良いって言ってるのは関係無えの?」

これまで通りにはぐらかすのでは無く、きちんとした返答をすれば四季は渋々ながらも納得してくれるだろう。その考えに真っ向から対向するような言葉を返す四季に山崎は続く言葉を見付ける事が出来ずに黙り込んだのだった。

「ですが」
「烝君」

俯きかけた視線を上げ、紡がれた名前に四季を見れば。至極愛おしいそうな表情で再度、名を呼ばれたのが分かりくらりと、何故だかは分からないが目の前の四季の姿が一瞬ぼやけて見える。

「……っ、」
「なあ、これでも駄目か。俺が君を名前で呼ぶ、それなら変な気遣いも関係無え」

へらりと微笑みながらそう言った四季に山崎は頷く他道は無かった。


ずるい人


(そんな顔で呼ばれたら)
(俺が断れる筈は無いのだから)
‐End‐
20101130.