お月見
「饅頭、」
呟かれたそれにたった今その言葉を発した主を見れば視線は真上、頭上にぽっかりと浮かんだ真ん丸な月を見ての一言だったらしい。成る程、確かに今朝のニュースで今夜は満月だとは聞いていたが、何もまさか月を食べたいなんて――いや正確に言えば真ん丸な月から連想された饅頭を食べたいんだろうけど、それにしたって蘭丸は食い意地が張り過ぎだろうと。
「……なんだよ」
俺の視線に気付いたのか、むすっとした表情で此方に視線を寄越す蘭丸はつい先程自分が口にしたそれの意味を理解しているのか、或いは無意識に本能的な何かで感じ取って丸い月=饅頭という結論に至ったのか。尚も微妙に不機嫌な面を晒す蘭丸をぼんやりと眺めながら俺の頭は意味の無い疑問を投げ掛けてきていた。
「んー、綺麗な月だなあと」
「別に綺麗だろうが何だろうが手は届かねえだろ」
それは暗に食べれなければ意味が無いということを言っているのか。またも答えの出そうもない問いを頭から放って、夜空を見上げる。流石満月、とでも言うべきなのか。雲一つ無い夜空に浮かぶそれはいつまでも眺めていられるような、そんな気さえしてくりから不思議なものだ。“月は人を惑わせる”なんて昔の人の名言にふむふむと頷いていれば途端に腕を引かれ身体の重心が傾く。
「……腹減った、スーパーで饅頭と酒買って帰る」
ずんずんと俺の腕を引いて歩く蘭丸の姿に今度こそ笑うのを抑えられるはずもなく。くつくつと喉が鳴るのもそのままにとりあえずとばかりに月に向かって礼を一つ。
お月見
(ん、蘭丸……あーん、してみ?)
(んあ、……ん、まい)
(そ、なら良かった)
‐End‐
20120901.