- ナノ -

甘さ

※SSL
「お、グッドタイミング。一も今帰りだろ、一緒に帰らねえ?」

俺が声をかければ一は僅かに目を見開いて見せた。別にそんな驚くことじゃねえと思うんだが。

「……何故あんたがこんな時間まで残っている。三年は六時限までの筈ではなかったのか」

俺の姿を見るなり訝し気に首を傾げる一にくつりと喉が鳴ったのが分かった。お前と帰りたかったから待っていたなんて言えば一の事だからきっと照れて鳩尾にでも一発入れられんじゃねえかな、なんてぼんやりと考えていれば不意に一の鞄から見える箱に視線が行った。

「なあ一、その箱何だ? 見たところ菓子か何かに見えるが」

俺の問いに頷いた一はその箱を手渡してきた。赤いパッケージのそれはやっぱり菓子で。超極細、だなんて決まり文句の書かれたポッキーだった。

「一、のじゃあ無さそうだな。大方総司辺りにでも押し付けられたのか?」
「ああ、確か……ハロウィンと言ったか、その行事の関係で雪村から貰ったらしいのだが自分は食べないから、と」

俺の手にあるそれを見ながら淡々と言う一にちょっとした悪戯心が芽生えたのはその直ぐ後だった。

「なあ一、これ一緒に食べようぜ」

言うが早いか箱を開け中にある小分けの袋の一つを破りポッキーを一本取り出す。黙って俺の行動を見遣る一をちらりと視界に入れて、チョコソースのかかった先端を口にして前、一の元へと身を乗り出した。

「……ん」

僅かに上目使いでポッキーを差し出しながら少しの隙間から息を漏らす。そんな俺に意味が分からないと言った様子で立ち尽くす一は鈍感と言うか何と言うか。

「……一、ポッキーゲームだよポッキーゲーム」
「一体何故俺があんたとそんな事をしなければならないのだ」

俺の言葉に一があからさまに顔をしかめて見せたから、男の意地と言うには些か大人げない行動だと思いつつも俺は袋から取り出したポッキーを一の薄く開かれた唇へと宛がった。

「んな睨むなって、ちょっとしたお遊びだろう? 俺はお前とじゃなきゃこんな真似したくないしな」

にっこりと笑みを浮かべて諭す様に言えば漸く小さく頷かれたのが分かった。

「……」

じっ、と一の瞳を見つめて一口、また一口とポッキーを咀嚼していく。対する一も負けん気が強い事も幸いしてか挑む様に俺の元へと進んできた。

「……っ、ん」

あと一口、どちらかが身を乗り出せば唇が触れる寸前。口の端が釣り上がるのを感じつつほんの先にある一の唇へと自分のそれを重ねた。互いの咥内にポッキーの甘さが拡がって何とも言えない痺れが脳内を駆け巡ったのが分かった。
存分に一の咥内の甘さを味わった後におまけとばかりに唇を一嘗めして口を離せば目の前に居る一は瞳に膜を張り大きく呼吸を乱していた。その姿がまた扇情的で。

「ふは、ご馳走さん」

くすりと笑みを漏らしてそう伝えれば射ぬかれんばかりの視線で強く睨まれた。

「一はやっぱ甘いな。ポッキーなんかよりもっと……ずっと、な?」
「……四季、あんたも人の事は言えないとは思うが」

小さく呟かれたそれに瞬きを一つ。言われた言葉の意味に気付いた時には一は踵を返して歩き出していたところだった。


甘さ


(……宮路)
(あれ、歳さ……じゃなくて土方先生、俺に何か用事ですか?)
(てめえら、いちゃつくのは構わねえがちったあ人の目も気にしやがれ)
(あー、もしかして昨日の見てました?)
(……ったく、斎藤の奴もお前みてえなのが相手じゃ苦労が絶えねえだろうな)
(ちょ、歳さんそれは酷いってっ)
‐End‐
20101031.