- ナノ -

つきがきれいですね。

月が綺麗だな、と何の気も無しに呟けば折原がそれまで響かせていたタイプ音を止めて、珍しいくらいに瞳を真ん丸にして此方を見ていた。え、なに俺何か変なこと言ったのか。妙に不安になってそれを聞けばそれまでのびっくり顔が嘘のように呆れた様子で溜め息を吐いた挙げ句に額を指で弾かれる、地味に痛い。

「文系でも無いくせに何言い出すかと思ったら、」

何それ無意識なの、とこれまた呆れた表情で返された。確かに俺は文系ではなくてどちらかと言えば理系だが、それを言うなら折原もじゃないのか。疑問をそのままに口に出せばまたも大きな溜め息が返答として寄越される。

「的外れな回答要らないから」
「じゃあ、どういう意味か教えろよ」

何が何だか分からなくて首を傾げて見せれば、もう良いよ、と呟いたきり折原はパソコンに向き直る。相変わらず読めない奴だと一人ごちて、ぼんやりと眺めた月は真ん丸だった。


つきがきれいですね。


(夏目漱石、名前くらいは知ってるでしょ)
(ぼそり、と呟かれたそれ)
(俺がその意味を知るのはまだまだ先)
‐End‐
20120831.