- ナノ -

治療

不意に洩らした呻き声とまではいかない吐息に一ノ瀬を見れば唇の端に指を当てて眉間には僅かに皺。どうした、と視線だけで訊けばふるふると首を弛く振った後に荷物を漁る姿。

「あー、成る程」

どうにも気になって一ノ瀬の頬に手を添えて半ば無理矢理にこちらを向かせれば。口端に一本の、切れ目、というよりは割けたような傷口が一つ。口角炎だな、これ。ゆるゆると亀裂を親指の腹で撫でながら呟けば眉間の皺が深くなるばかり。

「……不摂生、は一ノ瀬に限って有り得ねえか」
「心当たりは、ありません」

尚も渋い顔をして答える姿に苦笑を一つ。んな顔してると痕取れなくなるぞ、と眉間を一撫でしたら髄を蹴られた、地味に痛い。

「ストレスは無意識に溜まるからなあ……とりあえずビタミン取っとけ」

口角炎の原因を頭の中から引っ張り出しつつ言えば浅く頷きが返される。一先ず気休めとばかりにタブレットケースからビタミン剤を数粒掌に落としてやれば律儀に頭を下げての礼。

「別に気にすんな、……と、消毒代わり、な」

不意に悪戯心が芽生えての俺の行動に一ノ瀬は瞬きを数回。てっきりまた蹴られると思った髄は無事で、その代わりに心臓を鷲掴みにされる羽目になるとは。我ながら、まだまだ、なんだろう。


治療


(唇の端を舌で擽る)
(まさかあんな反応が返されるなんて予想外)
(顔真っ赤にして俯くなんて、反則だろ)
‐End‐
20120829.