- ナノ -

逃亡中

夏休み、と言ったもののその言葉通りの生活が出来るのは二年生以下下級生のみ。大学受験を控えた三学年に身を置く榊にとってそんなものは無きにしも有らず、ひたすら机に向かう毎日である。セミファイナルで惜しくも敗れた夢を想って涙を流すことも叶わず、ただ一心に机で参考書をめくる自身の姿にもう何度目か解らない溜め息が溢れた。

「5回目、溜め息の回数」

とん、とあくまでも軽い調子で小突かれた肩に榊が訝しげに顔を上げれば缶コーヒーを片手に持った宮路の姿があった。訊けば煮詰まる自分へと差し入れ、だと。端から自分がどう見られているかを半ば無理矢理に気付かされ、その事実に再度溜め息を溢せばそんな榊の腕を引き強引に歩を進める宮路。特に抵抗もせずに手を引かれ二人が行き着いた先は飲食会話が自由のエントランスであった。

「気分転換、ってな」
「……俺は頼んじゃいないけどね」

連れ出してくれて有り難う、などと素直に口にすることには抵抗があり。瞬時に巡らせた考えのもと、そう口に出せばそんな榊の心情すらもお見通しといった様子でくつくつ笑う宮路の姿に、榊も漸く小さな微笑を見せるのだった。


逃亡中


(逃げちゃいたいなあ、)
(なんとなしに呟いたそれ)
‐End‐
20120821.