- ナノ -

相対

にへら、と笑うその姿は営業用のそれか。はたまた俺にだけ向けられたそれなのか。俺に気付いたお前は途端にぱあ、と表情を更に明るくして、まるでそこらに居るガキのようにぱたぱたと駆けて向かってくる。

「四季くんも、ここのスタジオだったんだねえ。へへ、あんまり一緒の現場になったことないから……いつもより数倍高いテンションの嶺ちゃんでお送りしまあす」

びし、なんて自分で効果音を付けての敬礼に俺の頬は俺の意思関係無しに緩む。大分嶺二に毒されている、と我ながら溜め息物だが。それさえもどこか嬉しいと感じてしまう辺り末期なのだろう。

「良いから、早く支度してこい。俺ももう楽屋に向かうから」

うは、もうこんな時間だったあ。引き留めちゃってメンゴ。そう言って慌ただしく背を向ける嶺二を見送って、マネージャーから渡されていた日程表を再度見直す。俺が今回嶺二と撮影が被るシーンは二つ、三つ。久方振りの同じ現場に、嶺二にはああ言ったものの気分は高まるばかり。ああ自分も大概、ガキじゃねえか、と。自嘲混じりの吐息を一つ、ぴしゃり、と頬を両掌で一叩き。

「……っし、」

しゃん、と背を伸ばし。かつん、と靴が床を叩く音。仕事の顔を張り付けて、先程嶺二が向かった楽屋へと脚を向ける。自分はアイドルなんだ、と。自らに言い聞かせて“アイドル”である自分自身を作り出せばそこに広がる世界は色鮮やかで、華やかで、様々な人間が各々の舞台に立っている、そんな中に自分の居場所を見付け出さなければならなくて。

「ありゃ、四季くんってば早く早くー。ほらほら、お仕事の時間だよん」

俺の手を引いて、先程と変わらない笑みを浮かべる嶺二の姿。どんな時でも“アイドル”である“自分”と共に歩くその姿勢に何度救われたか。自覚を促すその姿勢に何度、唇を噛み締めたか。


相対


(お前のそれは、演技なのか、それとも)
‐End‐
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20120731.