- ナノ -

口約束

初夏の匂いが深まる午前1時18分。ぎし、と音をたてるベッドに僅かに肩を跳ねさせながらも一心にベランダを目指す。不意に主の居なくなったベッドの上で低く震えて存在を主張する携帯に少しばかり息を詰める羽目となって、ああ何をびくついているんだか、と一人自嘲染みた笑みが洩れた。フラップを開ければ一通のメール。それは何てことも無い迷惑メールで、削除をしつつベランダへと足を踏み入れると深夜独特の空気がシーツから覗いた肩を撫でた。
微かに聞こえる虫の音に耳を傾けていれば再度震える携帯のバイブ。今夜はまた随分と忙しないな、と溜め息を吐く、本当に直前。画面に表示されたのは着信を知らせるそれで。覚えの無い番号に僅かながら首を傾げつつも耳に当てれば、響いたのは心地好いテノール。

「そんな格好で外出ちゃ風邪引くよ、レンちゃん」

耳元の携帯から聞こえるそれには決して咎める色はなくて。珍しいこともあるものだと無意識に辺りを見渡せば視界の端にちらついた姿。

「……お前こそ、深夜徘徊なんじゃないのかい?」

声量は控えめに、だけど相手の耳には届くように。ベランダから軽く身を乗り出してそう答えれば庭先に居た奴は不敵に笑った、気がした。

「寮長特権、レンちゃんも寮長になれば使えるよ」

笑い混じりに返されたそれには肩を竦めることでやり過ごす。生憎と縛られるのは御免だよ、そんな意味を込めて。

「寂しくなったら、俺の所に来れるんだよ。合法的に、ね?」

低く、小さく呟かれた言葉は庭先からか、それとも携帯越しにか。たかだか寮則に合法も非合法もあるものか。不意に過ったそれを口に出すこと無く飲み込んで。

「お前が、それを望むなら、ね」

返した言葉はきっと負け惜しみに過ぎない。会いに来て良い、そんな一言が嬉しいだなんて、我ながら酔狂過ぎる。


口約束


(素直じゃないねえ、レンちゃんは)
(耳に届いたそれには聞こえない振りをした)
‐End‐
先日描いて頂いたレンさんのお礼として、Twitterとリアル共に仲良くしてもらっている友人に。
20120514.